ワルター指揮ニューヨーク・フィルのマーラー「大地の歌」(1960.4録音)を聴いて思ふ

mahler_lied_erde_walter_1960Dunkel ist das Leben, ist der Tod.
「大地の歌」第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」において繰り返し歌われるフレーズ。
ハンス・ベートゲによるこのドイツ語詩は真に興味深い。
生と死が一体で、「暗い」という形容詞で括られているのである。
それはすなわち「果たして僕たちはどこからやって来て、そしてどこへ行くのか?」という、厭世的でもあり、また過大な楽天性すら感じさせる言葉だということだ。
真理は生によって閉じられ、そして死によって開かれるのかもしれない。それをベートゲはあえて「暗闇」と表現する。
そして、人一倍死というものを怖れたグスタフ・マーラーがベートゲの「中国の笛」という詩集からインスピレーションを受け、それらに付曲しようとしたところがミソ。

「大地の歌」には相反するものが美しく描かれる。
生と死然り、あるいは西洋と東洋の統合。また、奇数楽章を男声が、偶数楽章を女声が受け持つという構成など。ブルーノ・ワルターによると、マーラーは偶数楽章の声部をアルトにするかバリトンにするか死ぬまで迷っていたのだと。

同じ音楽祭のもうひとつの演奏会では「大地の歌」を、ウィーンの人たちに紹介した。こんどは―あるいはそのつぎの演奏のときだったろうか―アルト声部のかわりにバリトンを使った。マーラー自身どちらの声部を使うかに迷っていた―楽譜の指示は選択の自由を認めている―そこで私は彼のために、テストしてみる責任があると思ったのである。私はかねがね、誠実なマーラーの傾倒者であり芸術的に卓越したまじめな歌手である王立歌劇場のフリードリヒ・ヴァイデマンと歌のパートを勉強しておいたし、彼もそれを例の内面性をもってうたった。しかし私は、この実験を二度とくり返さなかった。なぜなら、アルトのほうが要求された発声上の課題をうまく解決できるばかりでなく、6つの歌すべてに男声がひびくよりも、アルトとテノールが交代したほうが耳に快いということを、確信したからである。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P260

ワルターの指摘通り、断然偶数楽章は女声が担当したほうが良い。

・マーラー:交響曲「大地の歌」
ミルドレッド・ミラー(メゾ・ソプラノ)
エルンスト・ヘフリガー(テノール)
ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団(1960.4.18&25録音)

1960年の「大地の歌」は僕にとってとても大切な録音。
ワルターのマーラーについては方々で語り尽されているものゆえあえて僕がここで何かを書くこともない。
温かみのあるヘフリガーの声が素晴らしい。「生と死は一体だ」と歌うその声の崇高さ。
そして、もちろんミラーの芯のある幽玄な声も素敵だ。

ああ、友よ。君が来たれば傍らで
この夕景の美しさともに味わいたいのだが
君はいづこか。私一人、ここにたたずみ待ちわびる。

最晩年のブルーノ・ワルターの真骨頂。ここには侘びがあり寂がある。

 

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2 COMMENTS

雅之

>厭世的でもあり、また過大な楽天性すら感じさせる言葉だということだ。

「不可解」は、逆もまた真なり。すなわち、「生は明るく、死もまた明るい」

『帰って来たヨッパライ』

作詞 :ザ・フォーク・パロディ・ギャング
作曲: 加藤和彦
唄 : ザ・フォーク・クルセダーズ

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%BA-%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88-EJS-6166-JP/dp/B00CFKFOKE/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1459942159&sr=1-1&keywords=%E5%B8%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%82%89%E3%81%84

おらは死んじまっただ おらは死んじまっただ
おらは死んじまっただ 天国に行っただ
長い階段を 雲の階段を
おらはのぼっただ ふらふらと
おらはよたよたと のぼりつづけただ
やっと天国の門についただ
天国よいとこ一度はおいで
酒はうまいしねえちゃんはきれいだ
ワー ワー ワッワー

おらが死んだのはよっぱらい運転で
「アレーッ!」
おらは死んじまっただ おらは死んじまっただ
おらは死んじまっただ 天国に行っただ
だけど天国にゃ こわい神様が
酒をとりあげて いつもどなるんだ
「なあおまえ 天国ちゅうとこは
そんなにあまいもんやおまへんにゃ
もっとまじめにやれ」

天国よいとこ一度はおいで
酒はうまいしねえちゃんはきれいだ
ワー ワー ワッワー

毎日酒を おらはのみつづけ
神様のことを おらは忘れただ
「なあおまえ まだそんなことばかり
やってんのでっか ほならでてゆけ」

そんな訳で おらはおいだされ
雲の階段を おりて行っただ
長い階段を おらはおりただ
ちょっとふみはずし

おらの目がさめた 畑のどまんなか
おらは生きかえっただ
おらは生きかえっただ・・・・・・

・・・・・・おらは反省し、
もう二度とさまようことはないだよ
畑にに春が来て 
あっちこっちに花が咲いただ
緑は木々を覆い 
永遠に彼方まで咲いただ
青々と輝き渡るだ

懲りずに酒を飲み 
天国行って またおらは生きかえるだ

永遠に 永遠に・・・・・・

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