エレーヌ・グリモー ピアノリサイタル

今日のブラームスの素晴らしさについては、エレーヌ自身の言葉を引用するのが一番わかりやすい。彼女の魂は、もとはブラームス、あるいは(この曲を献呈された)クララ・シューマンのうちにあったのかも・・・。

ブラームスの作品が演奏されたり、音楽院で学生がその小品を初見で弾くのを耳にするとすぐに、私はあの知っているという感覚をもった。なにかが自分のために書かれている、そのなにかは自分の感動の揺らぎに正確に対応しているという感覚、それはとても奇妙だった。その作品を以前に演奏したことも、聴いたことさえもないのに、ふたたび見出したという気がした。なにか自分と近いもの、自分のために作られているものという意味での、信じられないような親近感が私を離れることは一度もなかった。
エレーヌ・グリモー著/北代美和子訳「野生のしらべ」(ランダムハウス講談社)P188

もともとオペラシティ・コンサートホールの音響効果は抜群なのだが、今日のエレーヌ・グリモーの紡ぎ出す音楽は一味も二味も違った。圧倒的な轟音と祈るような弱音に入れ代わり立ち代わり僕は襲われた。
わずか19歳のヨハネス・ブラームスの途轍もないエネルギーの包容力。この超絶技巧の難曲をいとも容易く音化するエレーヌの愛情。さすがに僕には色は見えなかったが、確かに彼女は多色をもって音楽を描いていた。88鍵の無限の表現力。
第1楽章冒頭から音楽は唸りを上げ、ほぼアタッカで奏された第2ソナタの浪漫。無駄な動きのない、極めて純粋無垢のブラームスは聖なる緩徐楽章が一層の美しさを魅せた。思いもかけず心は癒され、続く第3楽章スケルツォで僕の心は躍った。そして、少しの間をおいての終楽章は、陰陽の対比満ちる最高の表現で、日常の煩わしさを忘れさせてくれ、心に迫った。

エレーヌ・グリモー ピアノリサイタル
2016年5月16日(月)19時開演
東京オペラシティ コンサートホール
「ウォーター」より
・べリオ:水のシンフォニア
・武満徹:雨の樹・素描Ⅱ~オリヴィエ・メシアンの追憶に
・フォーレ:舟歌第5番嬰へ短調作品66
・ラヴェル:水の戯れ作品30
・アルベニス:アルメーリアト長調~組曲「イベリア」第2巻第2曲
・リスト:エステ荘の噴水~「巡礼の年第3年」第4曲
・ヤナーチェク:アンダンテ~「霧の中」第1曲
・ドビュッシー:沈める寺~前奏曲集第1巻第10曲
休憩
・ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番嬰へ短調作品2
~アンコール
・ラフマニノフ:絵画的練習曲「音の絵」ハ長調作品33-2
・ラフマニノフ:絵画的練習曲「音の絵」変ホ短調作品33-3
・ショパン:練習曲ヘ短調(遺作)

リサイタル前半はアルバム「ウォーター」全曲。もともとは順番を入れ替えてのプログラム予定だったが、アルバム通りの順番に戻されての披露。大正解。実に計算された流れに感動した。
全8曲が間髪おかず、流れる水の如く奏されるいわば「水の儀式」。
音楽に没頭し、音の一粒一粒が入念に紡がれゆく様にミューズを見た。
静謐なべリオで始まり、壮絶で完全なる「沈める寺」で締める妙。あのドビュッシーの圧倒的な音塊に思わず興奮したが、それまでの7曲が「沈める寺」のまるで長い前奏のように感じたのは僕だけか?
また、「水の戯れ」のジャジーな遊びにエレーヌの懐の深さを知った。「エステ荘の噴水」の水飛沫は熱かった。
それにしても「雨の樹・素描Ⅱ」の響きの斬新さ、というか不気味な(?)柔らかさに日本人の内なる魂の凄さを思った。武満徹は天才だ。
ちなみに、アンコールは3曲。それにしても2日前の名古屋で奏されたブラームスの作品116-1がなかったのが残念。エレーヌ・グリモーのブラームスは特別ゆえに。

 

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岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

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