ニケ指揮ブリュッセル・フィルのジャエル「チェロ協奏曲」(2015.7録音)ほかを聴いて思ふ

marie_jaell_works573音楽とは少なくとも19世紀までは無垢の世界だ―なぜなら、人間がそこにいないからである。ラシッシュスやペルゴレーシの音楽を聴いていると悪の概念すらもはや存在しなくなる。それは心をなごませてくれる。
クロード・フランシス、フェルナンド・ゴンティエ著/福井美津子訳「ボーヴォワール―ある恋の物語」(平凡社)P575

シモーヌ・ド・ボーヴォワールの言葉は意味深い。
歴史が進むにつれ、科学が発達するとともに人間は一層エゴイスティックになっていったのだろうか?確かに中世・ルネサンスの音楽はある意味「無垢」だ。
なるほどまた、同様の「無垢さ」はボーヴォワール自身ももっていたものだろう。
彼女のアリス・シュヴァルツァーへの言葉。

わたしは、結局、いつも可能なかぎり胸のうちを表現していました。あらん限り・・・好みや衝動に忠実でした・・・もしも回想録をもう一度書くとしたら、セックスについてひじょうに率直な決算報告をしたいですね。実現するとすれば真に誠実に書きたいし、フェミニスムの見地から書きたいですね。わたしは女性たちに、いかにわたしが自分のセックスを生きたかを語りたいと思います。それは個人的な問題ではなく政治的問題だからです。
~同上書P595-596

かつて封建制の時代、躍動する女性は反抗的といわれた。
しかし、20世紀になると、躍動する女性は自由奔放になった。
ただし、所詮そんなものは男が勝手に思考したレッテルに過ぎない。
音楽学者小林緑さんと作曲家藤家渓子さんの対談が面白い。

小林さんは問いかける。

最近女性の作品と男性の作品を、ジャンルや時代も同じものを一対にして聴かせ、どちらが女か当てるクイズをいろいろなところで試みているんです。ある意味では非常にナンセンスなんですけど(笑)。すると区別なんて全然できないわけです。そこで初めて「女性の作品も何ら変わるところはないんだ」とわかるんですね。

それに対し藤家さんは、

女だから繊細な曲を書くだろうというのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい思い込みですね。書くということが、逆に自分でないものになりたいという欲求を満たす場合もありますしね。たとえばオーケストラを大音量で鳴らすには、別に腕力はいらないわけで、フォルテの三つも書けばいいでしょ。演奏みたいに肉体的な制約がある場合はちょっと違ってくるかもしれませんけど。ただ、確信はありませんが、時間のとらえ方が、男性と女性では違うのかなと思うこともあるんです。別の言い方をすると、曲を書き始める時に終わりが見えるという人と、終わりはまったくどうなるのかわからない人と、二通りあるんです。構成の仕方、時間的な見通しというのかな。どちらかというと、終わりが見えているのは男性に多いような気がして・・・。
小林緑編著「女性作曲家列伝」(平凡社選書)P318

生を抱える女性はどちらかというと楽観的で覚悟が決まっているのである。
男性はやっぱり(女体から無理矢理引き離された分)不安感が強く、弱い。終わりというものに対して悲観的だから、終わりが見えるのだ。

19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍した女性作曲家マリー・ジャエルの音楽には19世紀浪漫主義の色彩と不思議な包容力がある。確かに一聴、音楽の性差はない。しかし、どこか永遠を思わせる美があるように僕は思う。

マリー・ジャエル:
・熊たちの伝説
シャンタル・サントン=ジェフリー(ソプラノ)
エルヴェ・ニケ指揮ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団(2015.6.29-30&7.1-3録音)
・チェロ協奏曲ヘ長調
グザヴィエ・フィリップ(チェロ)
エルヴェ・ニケ指揮ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団(2015.7.1-3録音)
・組曲「麗しき日々」
ダーナ・チョカルリエ(ピアノ)(2015.9.14録音)

いずれも佳品。個人的には、どこか遠慮がちで静謐なチェロ協奏曲に惹かれる。
第1楽章アレグロ・モデラートの暗澹たる憂鬱とチェロ独奏の美しさ。
また、感情揺れる第2楽章アンダンティーノ・ソステヌートの濃密な歌。そして、終楽章ヴィヴァーチェ・モルトの爽やかで明朗な楽想に思わず頬が緩む。

ところで、12曲からなる組曲「麗しき日々」。
マリーが1868年にローマで初めてフランツ・リストの演奏に触れた時、思わず聴力が一変したのだという。それくらいに衝撃だったと。さすがにそのリストの影響下にある組曲はいずれもがピアニスティックで素晴らしい。例えば、ショパンの如く繊細な第9曲「愛想のよいおふざけ」。

世に知らぬ音楽はまだまだ多い。
特に、女性作曲家の作品となると名前すら知らない場合多々。
綺羅星の如くの才能が随分と埋もれていることだろう。

 

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