クライバー指揮ウィーン・フィルのモーツァルト「フィガロの結婚」K.492(1955.6録音)を聴いて思ふ

erich_kleiber_decca_recordings本当は誰もが幸せなんだと思う。
誰しも幸せになるために生まれてきて、それを育み、生きているのである。
幸福って何なのだろう?幸せの定義はこの際横に置く。
幸せであるという当たり前のことに気づき、そして感謝できること。また、皆が一丸となってそこに向えれば本来無敵。
「フィガロの結婚」の大団円を聴いてそんなことを思った。

ああ、これでみんな
満足するだろう。

苦しみと気紛れと
狂気のこの日を、
ただ愛だけが満足と陽気さで
終わらせることができるのだ。

花嫁花婿よ、友人たちよ、さあ踊りに行こう、楽しく過ごそう。
爆竹に火をつけよう。
楽しい行進曲の音に合わせて、
みんなでお祝いをしに行こう。
アッティラ・チャンバイ&ディートマル・ホラント編「名作オペラブックス1 モーツァルト フィガロの結婚」(音楽之友社)P215

ドタバタのすべてはこの結末のためにあった。世界は喜劇だ。
音楽は全編幸福に満ちる。彼の音楽を聴いて嫌悪感を抱く人はいまい。モーツァルトは人を幸せにする。そのことだけでモーツァルトもおそらく十分に幸せなんだ。

・モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」K.492
チェーザレ・シエピ(フィガロ、バス)
アルフレート・ペル(アルマヴィーヴァ伯爵、バリトン)
リーザ・デラ・カーザ(アルマヴィーヴァ伯爵夫人、ソプラノ)
ヒルデ・ギューデン(スザンナ、ソプラノ)
スザンヌ・ダンコ(ケルビーノ&少女1、ソプラノ)
ヒルデ・レッスル=マイダン(マルチェリーナ、メゾソプラノ)
フェルナンド・コレナ(バルトロ、バス)
マーレイ・ディッキー(ドン・バジリオ、テノール)
フーゴ・マイヤー・ヴェルフィンク(ドン・クルツィオ、テノール)
アニー・フェルバーマイヤー(バルバリーナ&少女2、ソプラノ)
ハラルト・プレーグルヘフ(アントニオ、バス)
ウィーン国立歌劇場合唱団
エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1955.6録音)

これは本当に素晴らしい演奏だ。録音から60余年を経ても輝かんばかりの音響。古き佳きウィーン・フィルハーモニーの生々しい典雅な音色。序曲からフィナーレまで2時間半余り、一切の弛緩なくどの瞬間もうっとり。

「フィガロの結婚」は、1786年5月1日、ウィーンの宮廷劇場で初演された。大成功、人気は上々で、翌日から町中は人々の歌ういくつものアリアの旋律で埋め尽くされたほどなのだと。よくわかる。

人間の努力にはさまざまある、
不安と不満にもさまざまある。
またいろいろの宝や
好ましい楽しみも与えられている。
だがこの世の一番大きな幸福と
一番豊かな獲物は
善良な快活な心です。
「会合の問答遊びの答え―満足した男」
高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P129

モーツァルトは実際のところ幸せだったのかも。

 

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3 COMMENTS

雅之

>モーツァルトは実際のところ幸せだったのかも。

この作品、この音盤と波長が合わせられれば、(おそらく)どんな危険ドラッグよりも多幸感が得られる、うん。

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岡本 浩和

>雅之様

>どんな危険ドラッグよりも多幸感が得られる、うん。

なるほど!言い得て妙。
モーツァルトの名演は人を幸せにしますね。
本日、ノット指揮東響の「コジ」をミューザ川崎で聴いてきましたが、今もって幸福感に浸っているくらい。
多幸感が長持ちします。(笑)

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