Miles Davis “Live-Evil” (1971)を聴いて思ふ

菊地成孔+大谷能生のマイルス・デイヴィスに関する東京大学講義では、電化前後の稀代のトランペット吹きについて次のように語られる。

「レコードとは、つまるところライヴで聴くことのメニューにすぎない」という、80年代に放たれたマイルス名台詞も、この時期だけはそれが当てはまらないことは、「磁化」概念の説明および、「マイルス考古学」の概説を学んだ我々にとってはすでに明らかなことです。というよりも、現代すでに一般的である、「レコードとライヴはまったく別のものである」という前提は、この時期に急速に一般化した「磁化」と、それに次ぐ「コンピュータ化」によって醸成されたものなのです。マイルスはこの時期、「ライヴは獰猛で野蛮でロック的」、「レコードはクールでディスコンストラクションでファンク的」という二極化に向かい、同世代の批評の無理解とヒステリーに必死で耳を塞ぎながら、20年以上先に向けて球を投げていきます。
菊地成孔+大谷能生「M/D下―マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究」(河出文庫)P155

ちょうどこの二極化の狭間に生まれたアルバムが、テオ・マセロによって実に完璧にプロデュースされたライヴ&スタジオ折衷アルバム「ライヴ・イヴル」である。
申し分のないかっこ良さ。一聴、確かにマイルスは20年以上先に向けて球を投げていたことがわかる。何より興味深いのは、アルバムのソースとなったライヴとスタジオ録音との間に起こった悲劇、すなわち盟友ジミ・ヘンドリクスの急逝がマイルスに及ぼした影響。

マイルスとジミは、あまりに長く出会いがなかった。だが、彼らは一度顔を合わせると、またたく間に親密になった。マイルスは若さを取り戻していた。いっぽうジミは、マイルスを崇拝しながら成長した若者だった。音楽を愛する黒人の若者が、マイルス・デイヴィスの存在を知らないはずはない。ジミに物心がつく頃から、マイルスは伝説になっていた。ジミがマイルスと知り合い、マイルスにアルバムの共演レコーディングを求めたのは、彼自身が伝説になったと確信した上でのことだった。
ポール・メイハー&マイケル・ドーア編、中山康樹監修/中山啓子訳「マイルス・オン・マイルス」P122-123

ジミ・ヘンドリクスにとってマイルスは最初から神だった。
しかし、この不世出のギタリストもマイルス・デイヴィスに多大な影響を与え、そしてあまりに急いで世を去っていった。

マイルスは、ジミに大きな影響を及ぼした。マイルスはジミを教える立場だった。だが、ジミから学ぶところも多かった。彼は、リズムやフレージング、ロックンローラーの生き方に関して吸収すべきものを吸収した。マイルスは、ジミに触発された結果、ジャズの古典的なスタイルを捨て、「フィルモア」のようなロックのホールで演奏しはじめたのだ。
~同上書P123

気のせいかマイルスの内なる哀惜の念は雲隠れしたかのような音色(と言うか編集)。
いや、逆か。マイルスは今こそジミの残したものを受け継ぎ、ジミ・ヘンドリクスを超えようと(そして彼の死に捧げるべく)パワー全開でより攻撃的に音楽をしようとしていたのかも。

・Miles Davis:Live-Evil (1970.2.6&6.3-4録音, 1970.12.19Live)

Personnel
Miles Davis (trumpet)
Gary Bartz, Steve Grossman, Wayne Shorter (saxophone)
John McLaughlin (guitar)
Keith Jarrett, Chick Corea, Herbie Hancock, Joe Zawinul (electric piano,organ)
Michael Henderson, Dave Holland, Ron Carter (bass)
Khalil Balakridhna (electric sitar)
Jack DeJohnette, Billy Cobham (drums)
Airto Moreira (percussion)
Hermeto Pascoal (drums, whistling, vocals, electric piano)

錚々たるメンバーを擁しての壮絶なライヴと緻密なスタジオ録音の合体。動と静の饗宴、祈りと爆発の錯綜、どの瞬間にもある音のうねりには、マイルス・デイヴィスのジミ・ヘンドリクスへの愛と同時に音楽そのものへの奉仕が刻み込まれる。

例えば、”What I Say”でのマイルスのソロ・トランペットを経て、徐々にすべての楽器が熱く絡んでゆく音響の鮮烈。ヘンダーソンのベースとディジョネットのドラムスが弾け、その上にマクラフリンのギターがうなる恍惚。21分余りがあっという間に過ぎる。これこそ時間の感覚を超越するエレクトリック・マイルスの麻薬。そして、キース・ジャレットのエレクトリック・ピアノとゲイリー・バーツのフルートが交差し、高鳴る旋律を紡ぐ妙。さらには、ディジョネットとモレイラのパーカッションの醸す呪術的オーラ。
あるいは、23分超の”Funky Tonk”の、明らかにジミから拝借したであろう冒頭いきなりのワウ・エフェクターを導入しての強烈なトランペット・ソロに震えが止まらないくらい。

ちなみに、中山康樹氏によるライナーノーツにはが次のような記述がある。

マイルスはこの親しい友人の死を悼み、ヘンドリックスが書いた「ファイア」や「メッセージ・トゥ・ラブ」のベース・ラインを基に新曲を書き、以後のライヴで取り上げるようになった(たとえば後者は「ホワット・アイ・セイ」に生まれ変わった)。

ジミ・ヘンドリクスの魂乗り移り、焼け焦げそうなくらいの熱量。
ジミこそがその後のマイルスの方向性を決めた人間だった。電化マイルスは素敵。

 

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2 COMMENTS

雅之

このアルバムをYouTube改めてで聴いていたら、最近個人的にハマっていてちょくちょく通っている店にまた行きたくなりました。

ロックバーテラゾ
https://www.youtube.com/watch?v=pc5BfvKaM-A

相当マニアックな店ですが、今度お会いした時に、ご一緒にどうですか? 普通の人はちょっと引きますよね(笑)。でも、この前は横浜在住の、岩手出身の若い看護婦さんが一人で遊びに来ていて、私が知らない音楽や地方の話が聴けてとても楽しかったです。

知る人ぞ知る店でありマスターです。

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