女流指揮者シモーネ・ヤングのブルックナーの評判が良い。残念ながら未だに聴く機会を逸しており、彼女の音楽創造を云々することはできかねるのだが、昔、エリアフ・インバルがブルックナーの録音を開始したとき、そのどれもが耳慣れない第1稿によるもので、まだまだブルックナーについてはそれほど深く追究しておらず、今となっては彼の新作を聴くような新鮮な気持ちで臨めるものの、当時は第4番「ロマンティック」にせよ第8番にせよ違和感だけが鼻につき、しばらく棚の奥に葬り去っていたことをなぜか思い出した。それから10年以上の歳月を経、いよいよブルックナー芸術の真髄というものを理解し始めたろう頃に、やっとその真価、ブルックナーの頭の中に最初に鳴った音を音盤に刻み込むという意味がわかり、今では時折「新作」を聴くつもりで対峙し、楽しんでいる。
裏を返せば、インバルの第1稿は見事に衝撃的だった。楽想が奔流する若さ(もともと大器晩成の芸術家ゆえ作曲当時の年齢は全然若くないのだが、弟子の忠告を受け容れる前のまっさらな姿という意味では若い!)ゆえの荒削りな「つくり」が僕の脳みそを刺激した。
ところで、Bill Evansのファースト・リーダー作には、荒削り、というより原石そのままの「Waltz for Debby」が収められている。後の傑作アルバム収録のトリオ版が完成されたマスター・ピースであるとするなら、この作品はEvansの頭に過ぎった最初の音を「形」にしたものと言って良いだろう・・・。わずか1分半にも満たないこの音楽にこそ作曲家Bill Evansの原点を発見する。簡潔な筆致の中に喜びと哀しみと・・・、様々な感情が迸る。
Bill Evans:New Jazz Conceptions
Personnel
Bill Evans(p)
Teddy Kotick(b)
Paul Motian(ds)
久しぶりにこのアルバムを聴きながら、ブルックナーの初稿について思いを馳せ、挙句はサイモン&ガーファンクルのThe Sound of Silenceにまで思いを巡らせた。S&Gを一躍有名にした傑作が当該曲だが、元々はファースト・アルバム「水曜の朝、午前3時」に収められていたフォーク・ソング調の同曲にエレキ・ギターやドラムスをオーバー・ダビングし、生まれ変わったことで大ヒットしたという経緯を持つ。確かに電気処理されたThe Sound of Silenceはかっこいい。脳の髄にまで刺激を届かせる。しかしながら、年齢を重ねた今、S&Gの原点としてのThe Sound of Silenceオリジナル版に一層の愛着を感じてしまう。シンプルで歌う者の心情がストレートに伝わってくるのは間違いなく「最初」の方である。
ジャンルを問わずどんな音楽も、装飾のない、頭で考えすぎない「出てきたところ勝負」のものが結局人の心を捕らえる。
今宵、外苑前FLANEUR(フラヌール)で開催されている「HEARTBEAT reprise~知識拓史写真展」にお出かけ。前回とはまた180度違った雰囲気で素晴らしかった。食事も美味しかったし。特に2階の入口左手壁に飾られている『白い海』は最高に良い。
10月11日(日)まで展示されているので、お時間ある方はぜひ行ってみてください。おすすめです。
おはようございます。
シモーネ・ヤングを始めブルックナー交響曲の第1稿の録音は、今ちょっとしたブームですよね。皆それぞれ演奏の水準は高いのではないかと思います。
>インバルの第1稿は見事に衝撃的
同感です。第1稿は、聴く側も演奏する側も、いつも通る正規な登山道とは異なる、整備されてなく岩がゴロゴロして危険なルートで頂上を目指すようなものです。それを始めて体感させてくれたのはインバル盤でした。
>どんな音楽も、装飾のない、頭で考えすぎない「出てきたところ勝負」のものが結局人の心を捕らえる。
そういう意味では、ブラームスの交響曲なんかは、すべて舗装され整備された安全な道ですよね。推敲の前の稿は、完全犯罪であまり証拠を残していませんよね。「出てきたところ勝負」のブラームスを、もっと聴きたい気もします。
>原石そのままの「Waltz for Debby」
>ファースト・アルバム「水曜の朝、午前3時」
このあたりは、今までよく知りませんでした。勉強になりました、感謝です。
それにしても、初稿がいいのか、後の改訂稿がいいのか、音楽でも、小説でも、映画でも、迷うケースが多いです。今朝、ブルックナーの異稿の話題を読んで私が瞬間イメージしましたのは、映画「ブレードランナー」についてでした。
ちょっと前に25周年記念エディション のDVDを中古で買って、
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2616846
観るのが楽しみだったのですが、『ザ・ファイナル・カット』『U.S.公開版』『インターナショナル版』『ディレクターズカット 最終版』『オリジナル本編』・・・全部観終ったらヴァージョンが多過ぎて頭がごちゃごちゃになり、結局どれが一番いいのかよくわからなくなっちゃいました(笑)。
>雅之様
おはようございます。
>第1稿は、聴く側も演奏する側も、いつも通る正規な登山道とは異なる、整備されてなく岩がゴロゴロして危険なルートで頂上を目指すようなものです。
いつもながらわかりやすい喩えです。
>「出てきたところ勝負」のブラームスを、もっと聴きたい気もします。
確かに!おっしゃるとおりです。
Waltz for DebbyもThe Sound of Silenceも機会があったら最初のほうを一度ぜひ聴いてみてください。
>全部観終ったらヴァージョンが多過ぎて頭がごちゃごちゃになり、結局どれが一番いいのかよくわからなくなっちゃいました
なるほど。いろんな稿がありすぎるのも考え物ですね(笑)。