まぁ、何とかなるだろう(笑)

asahina_don_jovanni.jpg昨日のコメントで雅之さんから「自己責任」についてのご指摘を受け、随分考えた。偉そうに「自己責任」などと大仰なことをのたまわりながら、そういう自分は「自己責任」を全うして生きてきたのか?
答は「No」である。少なくとも2年半前までの自分は、周囲に依存していた。責任を取るのは嫌だと思っていた。もちろん二本の足でしっかりと自立するということも、そうありたいと願いながらどこかで怖がっている自分がいた。誰かに、あるいは何かに依存している方が楽だから。このまま安泰で続けられれば良いと思っていた。少なくとも20歳代の頃はピーターパン・シンドロームじゃないが大人にならずにずっと子どものままでいられたらどんなにいいかとも思っていた。でも、人間は確実に歳を重ねる。否が応でも自立しなければならない「時」が訪れる。責任が取れない男にはなりたくないと思い、直感的にそれまでの生き方を否定し、会社を飛び出した。仕事は大いに意味のある、意義深いものだったが、自分自身の生き方について「このままではまずいぞ」と何か(目に見えない誰か)が教えてくれたのだ。今にして思うと、あそこで勇気を振り絞って行動を起こして良かった。

お陰で大変といえば大変である。誰も何もしてくれないから(もちろん形になり始めたら協力してくれる人はたくさんいるが、最初の一歩は自分で踏み出す以外にない)。自分で自分の人生のレールを敷き、やるべき使命を自らの力でやり遂げる以外にないのだから。でも、「生きている」という実感が常にもてることはありがたい。時に不安と闘いながらも、根が暢気なものだから「まぁ、何とかなるだろう」といつも思えるから、決してストレス過剰にはならない。全く何もしないでは「何ともならない」が、できることをベストを尽くしてやり切っていれば、それが「正しいこと」なら必ず成果に結びつくだろう。

昨日、朝比奈先生の誕生日だということを思い出して、久しぶりに「管弦楽名曲集」を聴いたが、今日はもっと珍しく貴重な音盤を。朝比奈先生は戦後すぐにオーケストラを立ち上げ、自分の信念を貫きつつ、音楽の世界を邁進し、生涯現役を全うした「見習うべき」男の中の男である。

朝比奈隆&大阪フィルハーモニー交響楽団名演集
・モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527~序曲
・モーツァルト:歌劇「後宮からの誘拐」K.384~序曲
・ワーグナー:ジークフリート牧歌

いずれも1973年~74年にかけての録音。キャニオン・クラシックスの何かの特典(非売品)だったと記憶する。
「ドン・ジョヴァンニ」序曲(1973年3月23日、箕面市民会館)は遅いテンポで、冒頭の和音から何とも浪漫的な独特の表情がつけられており、オケのアンサンブルや個々のテクニックなど問題がないとはいえないが、朝比奈先生らしい無骨で荒削りな名演である。「後宮からの誘拐」序曲(1974年4月14日、箕面市民会館)も然り。朝比奈先生のモーツァルトの実演を聴く機会は結局1度しかなかったが(新日本フィルとの第39番シンフォニー)、こういう演奏を聴くにつけ、晩年にもっとモーツァルトを採り上げていただきたかったと残念でならない(そういえば、亡くなった翌年の大阪フィルとの『軌跡』では後期三大交響曲をチャイコフスキーの三大交響曲とのカップリングでやられる予定だった。大阪なので行けたかどうかは何ともわからぬが、せめて録音でいいから「ジュピター」を聴いてみたかった)。そして、「ジークフリート牧歌」(1974年7月29日、フェスティバルホールでの実況録音)。後年の録音(1983年盤1998年盤の2種)に比べ、意外に颯爽としたテンポで、すっきりとした印象を受けるが、それでも朝比奈流には間違いなく、先生はワーグナーを振らせてもやっぱり「凄い」ということが手に取るようにわかる。心残りは80年代に新日本フィルとやった「指環」のツィクルスに行かなかったこと。嗚呼悔しい。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
改めて、昨日は失礼いたしましたm(__)m
しかし私の場合、ただ相手の言葉を鵜呑みにするだけでなく、あえて対立軸の反対側から考えてみたり、回り道をしたり、いろいろな角度から多面的に見たり、遊び心で考えたりということは、その事柄を検証し、咀嚼・吸収して理解を血肉化し、自分のスタンスを確立するために必要不可欠なんです。雄大な富士山を静岡県側から見るだけではなく、山梨県側や、少し離れて神奈川県側や飛行機からも眺めたいのです(ちょっと譬え話としては違いますかね・・・笑)。「自己責任」とか以前の「ぶれる」についても、言葉の定義についてはっきりさせることは誤解を防ぐ意味で大切だと思いました。
ありがとうございました。おかげさまで「自己責任」についての理解を格段に深めることができました。
ご紹介の朝比奈先生の貴重な音盤、私は未聴ですが、いつか聴いてみたいです。お持ちになっておられる岡本さんが羨ましいです。
>朝比奈先生は戦後すぐにオーケストラを立ち上げ、自分の信念を貫きつつ、音楽の世界を邁進し、生涯現役を全うした「見習うべき」男の中の男である。
まったく同感です!!
朝比奈先生についての私の想いは、下の日のコメントにも書きましたが、
http://classic.opus-3.net/blog/cat29/post-106/#comments
(一般的な意味での)「自己責任」の厳しさと、「人情」の温かさを合せ持った、理想のトップだったという考えに今も変わりはありません。そして今の殺伐とした日本に求められているリーダーは、あえて言えばデュトワ・タイプではなく、日本人の誇りと美徳溢れる、朝比奈先生タイプだとも思うのです。
ああ、私ももう一度書きたいです・・・。
朝比奈先生は、松下幸之助や本田宗一郎等と並ぶ、創業者的、叩き上げの心意気を持った、真のリーダーでした。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
いろんな角度からものを検証するって大事ですよね。同感です。よく一方の話だけを聞いて鵜呑みにしてしまう人がいますが、僕は一呼吸おいてもう一方の話までしっかり聞いてみて、双方の言い分をよく理解した上でどんなことでも把握しようと努めるようにしています。
>言葉の定義についてはっきりさせることは誤解を防ぐ意味で大切だと思いました。
全く同感です。そういう意味では、雅之さんに「詰めていただく」ことは僕にとっても大切なことですね。必死で考えますから(笑)。
この貴重な音盤ですが、機会がありましたらお貸しします。
>今の殺伐とした日本に求められているリーダーは、あえて言えばデュトワ・タイプではなく、日本人の誇りと美徳溢れる、朝比奈先生タイプだとも思うのです。
同感です。今の時代には、「明治」の男たちの気概や信念をもったリーダーが必要です。
今日もありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

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