ペライア&アバドのシューマン「序奏とアレグロ」(1997.2録音)ほかを聴いて思ふ

最晩年の武満徹の言葉のひとつひとつは実に意味深い。

私は、作曲という仕事を、無から有を形づくるというよりはむしろ、既に世界に遍在する歌や、声にならない嘯きを聴き出す行為なのではないか、と考えている。音楽は、紙の上の知的操作などから生れるはずのものではない。音符をいかに巧妙にマニピュレートしたところで、そこに現れてくるのは疑似的なものでしかないように思える。それよりは、この世界が語りかけてくる声に耳を傾けることのほうが、ずっと、発見と喜びに満ちた、確かな、経験だろう。
「毎日新聞」夕刊1994年3月10日
「武満徹著作集3」(新潮社)P239

返す言葉の見当たらない的を射た思考。
彼の作品のいずれもが、いかにも武満の作品だとわかる調子で、しかもそれが自然の声と極めて近い印象を与える理由が少しわかったような気がする。

昔、誰かが、英語のIdiot(白痴)の語源には、人里を離れて暮らす、という意味があるらしいと教えてくれたことがあったが、それはほんとうだろうか。そんな気がしなくもないが、かといって納得のいくような説明も思いつかない。自分はひとりだが、しかし多くの他者に支えられて生きている。他の多くの存在なしに今日の自分はありえないのだ。
「毎日新聞」夕刊1993年10月14日
~同上書P236

真に。武満の音楽にある温かさは、自然についてだけでなく、人間についても正しく理解していることに発せられるものだということがわかる。
さらに彼は、死についてもかくのごとく語る。

それにしても私たち人間は、今日、死に対してあまりにも無感覚ではないだろうか?交通事故で一命を落とすひとは年々増えるばかりだし、この地上で日々起きている殺人(殺戮)の数は信じられないほどに多い。そして、死は軽々しく扱われ、ただ情報として処理される。詩人長田弘さんの「われらの星からの贈物」の中に、ひとりのナチュラリストが書きのこした言葉だとして、次のような一文が引用されてある。

一つの生きものの個体が息をひきとってしまえば、そのような生きものがもう一ど生まれてくるためには、もう一つの宇宙ともう一つの地球が生成し発展しなければならないのだと、いったいわれわれ人間はわきまえているのだろうか。
「毎日新聞」夕刊1994年7月19日
~同上書P252

時間と空間の芸術家であったこの人は、さすがに命の限りあることを、また時間の重要さを身に染みて知っていたのだと思う。そのわずか1年半余り後に世を去ることになるとは思いもよらなかっただろうが・・・、否、あるいは、逆にそのことを薄々承知していたのかもしれないが・・・。(確かにこの頃の武満作品には死の色合いが、それも肯定的な死の色調が糊塗されているように僕には感じられる)

ところで、ワーグナーにあるそれとは異なる「死の匂い」とでも表現しようか、ロベルト・シューマンの、特に晩年の作品にある言葉で表現し難いエロス。愛と死とが一体であることを自ずと証明するような美しさがそこにはある。武満の文章をひもとき、同時にシューマンの「ピアノと管弦楽のための作品集」を繰り返し聴き、そんなことを思った。

シューマン:
・ピアノ協奏曲イ短調作品54(1994.12.27-31録音)
・ピアノと管弦楽のための「序奏とアレグロ・アパッショナート」ト長調作品92(1997.2.15&16録音)
・ピアノと管弦楽のためのコンツェルトシュテック「序奏とアレグロ」ニ短調作品134(1997.2.15&16録音)
マレイ・ペライア(ピアノ)
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ペライアのピアノは、アバド率いるベルリン・フィルの音と波長が見事に一致する。
二人は音楽的センスが極めて近いのだろうか、無駄なく無理なく音楽は情緒豊かに、暗さの中に明るさをもって連綿と紡がれる。
ピアノ協奏曲は、冒頭の和音から堂々とし、最後まで緊張感をもって美しく奏でられる。
そして、彼岸から此岸を見下ろすかのように懐かしく響く作品92の懐かしい歌。
一層素晴らしいのは、作品134のコンツェルトシュテック!後半、「赤とんぼ」の旋律に似た旋律が奏されるシーンでの、生きることへの、愛への何という希望・・・。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


1 COMMENT

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む