カンブルラン指揮読響第577回定期演奏会

帰路に見た三日月は、橙色だった。美しかった。

夢か現か。
第1曲「ボストン・コモンのセント=ゴードンズ」での、都会的センスを持ちながら森々と緑薫る音調と、津々と流れる、沈潜する旋律に思わず聴き入った。それは、夢の中の「静寂の音」の如し。そして、第2曲「コネティカット州レディングのパトナム将軍の兵営」での、マーラー張りの喧騒とアイロニカルな響き、あまりに現実的な爆発に夢から目覚め、第3曲「ストックブリッジのフーサトニック川」で再び夢の中に連れ戻された。幻想を見事に音化するチャールズ・アイヴズの才。それを華麗に再現するシルヴァン・カンブルランの妙技。

3年前、第545回読響定期で聴いた、ドヴォルザークの「新世界」の前に奏された「答えのない質問」を僕は思い出していた。あの時の、あえて拍手なしで「新世界」交響曲へと引き継がれる、カンブルランのプログラミングはとても素晴らしかった。

アイヴズは、マーラー同様音楽を弄ぶ。音の錯綜するコラージュ的方法に、マーラー以上に革新的であり、しかし、マーラーほどは分裂的でない彼の優れた力量を僕は見た。この人は天才だ。

読売日本交響楽団第577回定期演奏会
2018年4月20日(金)19時開演
サントリーホール
・アイヴズ:ニューイングランドの3つの場所(Version4)
休憩
・マーラー:交響曲第9番ニ長調
小森谷巧(コンサートマスター)
シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団

なるほど、「ニューイングランドの3つの場所」はマーラーの第9番と相似形だ。
2つの作品が国を超え、ほぼ同時期に着想され、生み出されているところが魔訶不思議。
おそらくこの2人の感性はかなり一致していたのではないだろうか。

後半のマーラーは、意外にテンポを遅めにとった重厚な表現。
明と暗が明滅する浄化の音楽は、今宵の聴衆の度肝を抜いただろう。
第1楽章アンダンテ・コモドから思い入れたっぷりの指揮で、濃密な音調に僕は金縛りに遭ったくらい。相変わらず読響の独奏陣、木管も金管も、もちろん弦楽器も素晴らしいパフォーマンスを示していたが、特筆すべきは松坂隼さんのホルン!音の波動が終始半端なかった。続く第2楽章は仄々とした牧歌で、木管群の美しさが際立っていたが、第3楽章ロンドとあわせ、残念ながら僕の心にはいまひとつ響かなかった。この作品を知ってすでに40年近くが経過するが、無駄な楽想が跋扈し、まとまりに欠けるせいなのかどうなのか、正直僕は全曲通して集中力が維持できない(終演後の客席は万雷の拍手喝采、異様な盛り上がりを見せていたので、僕の感覚がおそらくずれているのだと思うけれど)。
それでも終楽章アダージョはとても美しかった。引いては寄せ、寄せては引く波のように音楽はうねり、爆発した。何より弦楽器群の神々しさと金管群の咆哮とのバランスの良さ。そして、時間が止まってしまったかのような錯覚を覚えたコーダの、何と儚い夢!

シルヴァン・カンブルランのマーラーを初めて聴いた。
とても良かった。

 

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