女心と秋の空

大学の後期授業が本格的に始まっているが、新しいコンテンツとなるとそれなりの緊張感に毎々襲われる。ましてや選択授業で意識の高い学生が集まるとなると、相応の準備をせねばとこちらも戦々恐々となるが、こういうものは付け焼刃的な対応ではどちらにせようまくやることは不可能なので、一方でどんなときもこれまでの経験と知識だけを導入して対処しようと心掛けている。実際、自然体で、しかも臨機応変にその場限りで対応した方が講義の鮮度もあがり、学生とのコミュニケーションもスムーズにいくのだから面白い。

講師とはいえ「教える」立場ではなく、あくまで「気づき」を与える場づくりに徹しようと常に自分の立ち位置を意識しながらことを進めてゆくのが信条。だから質問にも明確には答えない。自分で調べるようサジェスションをする。前向きな学生ほどそういう対応を心から望んでいるよう(それによって僕の立場は極めて楽なものになる・・・笑)。

台風一過。朝から吃驚するような快晴で、昨日のことが嘘のよう。いよいよ秋の到来かという雰囲気を存分に味わいながら外を歩く。打ち合わせを一つ終えたところで急に空模様が怪しくなり、その後は雨。「女心と秋の空」というけれど・・・。

男と女というのは別の生き物。価値観も思考も本質的には相容れない。要は理解できないのである。ましてや感情面となると・・・。だから夫婦というのが修行だというのは本当。時に喧嘩あり、爆発あり、あるいは許しあり。そんな中で、修行を途中で投げ出すのはよくないのだが、しかし卒業ということは実際にある。その状況で学びを終えたらば次のステップに・・・。どんどん階段を上り自己練磨する(いずれにせよすべての事象に意味があるのだから、前に向かって進むこと)。

最近でこそ女性作曲家が掘り起こされ、一部で注目を浴びているようだが、ここはやっぱりまだまだ男性上位の世界。クララ・シューマンファニー・メンデルスゾーンの例を出すまでもなく、彼女たちは女性ならではの感性で切り開かれた名作をたくさん残しているのだけれど。まぁ、女性の心が読みにくいというのは確かだから、男たちが怯えてなるべく優秀な女性たちを表に出さないよう画策したのかもしれないし(笑)。
そんなことを考えながらバスに揺られていたら・・・、あっという間に家に着いた。
久しぶりにフランツ・シュミットでも。

フランツ・シュミット:
・交響曲第4番ハ長調(1933)
・ハンガリー軽騎兵の歌による変奏曲(1930)
フランツ・ウェルザー=メスト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ナチス台頭前夜のヨーロッパの不穏な空気を見事に表現する作品。この時期の音楽にしてはわかりやすく親しみやすいメロディの宝庫だが、やり場のない哀しみ、作曲家の不安定で痛々しい心の叫びが横溢する。終始抑え気味の音量で・・・。


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