内田光子のモーツァルト

mozart_23_24_uchida_cleveland.jpg歌劇「フィガロの結婚」創作の合間を縫って書かれたというモーツァルトのハ短調ピアノ協奏曲。1786年、モーツァルトがその人生の絶頂期に生み出したこの音楽を僕は長い間避けてきた。否、というよりほとんど僕の理解を超えていただろうゆえ、まともに集中して聴く気になれなかったのである。
ベートーヴェンが模範とし、作曲者本人ですらこれ以上の規模の協奏曲を一度も書かなかった(書き得なかった?)ほどの大作。そうそう頻繁に聴くのも憚られるような威圧感、というかおよそモーツァルトらしからぬ巨大さと「暗澹たる」深さをもつこの音楽の真髄をつい先日まで見過ごしていた・・・。初めて聴いたのはグレン・グールドがジュスキントの指揮で録音したアナログ盤にて。A面のベートーヴェンの第1協奏曲(こちらはゴルシュマンの指揮だったと思う)に関しては盤が擦り切れるほど聴いたにもかかわらず、その裏面のモーツァルトに関してはおそらく数度耳にしただけで封印してしまった。その後、内田光子の旧盤アシュケナージの弾き振り盤ハイドシェック盤など、どれを聴いてもいまひとつ僕の心を震わせるまでには至らず、そのすべては棚の奥に埃をかぶったままだった。

先般、その内田光子が自身の弾き振りにより再録音したモーツァルトの音盤がリリースされた。第23番イ長調と第24番ハ短調という組み合わせ。前述のような経験を持つ僕にとってお目当てはもちろんイ長調の方。内田によるこの協奏曲の旧盤は名盤として誉れ高いもの。アシュケナージ盤とあわせて僕が頻繁に取り出しては聴いてきた最高の録音のひとつである(と僕は思う)。期待に胸を膨らませて耳にしたそのイ長調の方を、繰り返し何度も聴いた。確かに良い演奏である。しかし、どうも僕の期待以上のものではなかった。旧録音にある「自然さ」が後退しているのかどうか、多少の恣意性を感じてしまう。旧盤ではおそらくジェフリー・テイトが中和剤の役目を担っていたのだろうか、この新盤では無理に音楽を創っているのではないかと感じてしまうのであ
る。

一方、僕が目を背けてきたハ短調の方はといえば・・・。
これが恐るべき名演奏なのである。繰り返し、とにかく無心に繰り返しこの録音を聴き続けることでやっとこの音楽の「意味」が何となくつかめそうな気がする。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488&24番ハ短調K.491
内田光子(ピアノ&指揮)
クリーヴランド管弦楽団

この2作は作曲にわずか20日間ほどの隔たりしかもたないにもかかわらず、その作風や音調、色彩、すべてに大きな違いをもつ。まさに天才の「光」の部分と「翳」の部分が見事に表現された傑作ペア。後世に残る傑作喜劇を書く最中、モーツァルトの心中に去来したものは一体何なのか?

久しぶりに演劇に触れた。草部文子作、伊勢直弘演出による「DJから特攻隊に愛をこめて~飛行機雲2009『流れる雲よ』」。現代のとあるラジオ番組から流れるDJの声が、昭和20年終戦前の鹿児島にある特攻基地のラジオから突然聴こえてくる・・・。あくまで明るくひょうきんな2009年の日本に住む若者の姿と、戦時中特攻隊員として海の向こうに散っていった当時の若者とのコントラストは、時代背景を超え、人間のもつ喜びと哀しみの両方を映し出す。まるでモーツァルトの内側に潜む陰陽のように・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>内田光子が自身の弾き振りにより再録音したモーツァルトの音盤
>旧録音にある「自然さ」が後退している
同感です。私も旧録音の方が遥かに好きです。この新盤では24番を先に持ってきているあたりに、両曲の演奏の出来映えについて、自信の差があるのではないでしょうか?
私の24番でCD初期からの最愛聴盤は、プレヴィン(ピアノ、指揮)ウィーン・フィル盤です。
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1810561&GOODS_SORT_CD=102
指揮&ピアノ、オケ、両者の美質を最高度に発揮していて、17番共々聴き飽きることがありません。内田光子の新旧盤同様、これもお薦めできます。プレヴィンのピアノ、本当に自然で美しく、いいです。
それともうひとつ、近年の私の愛聴盤、フンメル編曲室内楽版(白神典子 ピアノ)のCDについて・・・。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1778454
(参考盤↓)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1914044
この、ピアノ、フルート、ヴァイオリン、チェロという編成のフンメルによる室内楽編曲版、すごく良く出来ていて、愛知とし子さんにチャレンジしていただきたくて堪らないのですが!・・・(笑)
愛知とし子さん、どうでしょう?

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>両曲の演奏の出来映えについて、自信の差があるのではないでしょうか?
雅之さんもやっぱり同じように感じられましたか!おっしゃるとおり曲順は自身の差なのかもしれませんね。
ご推薦のプレヴィン盤は当然未聴です。ぜひとも聴いてみたいです。
あと、白神典子によるフンメル編曲盤!こちらも未聴なのですが、雅之さんのご推薦とあらば耳にしないといけないですね。
>フンメルによる室内楽編曲版、すごく良く出来ていて、愛知とし子さんにチャレンジしていただきたくて堪らないのですが!
同感です!あとはパートナーの問題ですね。名手が揃わないと!(笑)

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む