ドミトリー・シトコヴェツキー・トリオ ~J.S.バッハの世界~

大降りの雨があがって、銀座の黄昏時はとても清らかだった。僕はバッハの懐の深さを実感した。
原曲がクラヴィーアのための練習曲とは思えぬ、奥行きのある響きと夢みるような美しさ、そして単に静謐なだけでなく、動的な愉悦までもが表現された3声のシンフォニア。
何も知らずに聴くと、元々が弦楽三重奏の作品なのではないかと思わせるほどの自然さ、完璧さ。素晴らしかった。

3人の独奏者がほぼ対等に演奏を切り盛りするという印象。
やはり三重奏というのは求心力より遠心力が働く形なのだ。
もちろん今夜の主役はドミトリー・シトコヴェツキーだ。しかし、ヴィオラのアレクサンダー・ゼムツォフもチェロのルイジ・ピオヴァノも随分健闘していた。インベンションの短いひとつひとつの作品が息の合ったテンポで丁寧に、また美しく紡がれていた。

ドミトリー・シトコヴェツキー・トリオ
~J.S.バッハの世界~
2017年6月21日(水)19時開演
ヤマハホール
・J.S.バッハ:3声のインヴェンション(シンフォニア)BWV787-801(シトコヴェツキー編)
―第1番ハ長調BWV787
―第13番イ短調BWV799
―第10番ト長調BWV796
―第7番ホ短調BWV793
―第3番ニ長調BWV789
―第15番ロ短調BWV801
―第12番イ長調BWV798
―第4番ニ短調BWV790
―第8番ヘ長調BWV794
―第11番ト短調BWV797
―第14番変ロ長調BWV800
―第2番ハ短調BWV788
―第5番変ホ長調BWV791
―第9番へ短調BWV795
―第6番ホ長調BWV792
休憩
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲BWV988(シトコヴェツキー編)
~アンコール
・J.S.バッハ:3声のインヴェンション(シンフォニア)第11番ト短調BWV797
ドミトリー・シトコヴェツキー(ヴァイオリン)
アレクサンダー・ゼムツォフ(ヴィオラ)
ルイジ・ピオヴァノ(チェロ)

後半は、待望の弦楽三重奏版「ゴルトベルク変奏曲」。
この作品はグレン・グールドの追悼のためにシトコヴェツキーによって編曲されたものだけあり、随所にスタジオ録音盤にはない「遊び」があった。何よりアリアの、ためのある粘っこい表現の妙。それに、第9変奏における主題が反復する時の極端なレガート奏法は、まるでグールドの「ゴルトベルク」と相似形。崇高で峻厳なバッハの作品が、舞踊のための音楽であることを再確認させてくれる喜びの歌。どの瞬間も最高だった。

ところで、前半いまひとつ調子の上がらなそうな、不安定な立ち上がりのシトコヴェツキーも、特に第2部に入っては、おそらく気合いからか、音楽が一層引き締まった(ように僕は感じた)。例えば、第17変奏はヴィオラが全休止のまま、ヴァイオリンとチェロが対話をしながら進んでいくのだが、ここでのシトコヴェツキーは堂々たる体躯でどっしりと構え、暗に音楽を創造する指揮者のようであった。そして、続く第18変奏における弱音の美しさ。
第25変奏の音調は安寧の内にあったし、第26変奏以降の天国的解放は見事であった。特に、第29変奏から第30変奏クオドリベットになだれ込む勢いは今夜のクライマックスでなかったか。
それにしても最後のアリア・ダカーポの切なさよ。

全体を通して音を極力抑え、心に染み入るように奏された音楽は、弦楽三重奏ならではのいぶし銀の響きとあわせ、グレン・グールドが最晩年に表現しようとしたパルスの効果を見事に突いていたように僕は思う。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


3 COMMENTS

雅之

バッハが飛びぬけて偉大なのは言わずもがなですが、「バロック」自体、その出自からも、編曲による相当な撓みや歪みにも耐えられる免振構造なのかもしれませんね。特にバッハでは、編曲による改変へのストライクゾーンが極めて広いですよね。まったく大した音楽です。

※最近読んで面白かった本

「ニッポンの編曲家  歌謡曲/ニューミュージック時代を支えたアレンジャーたち」
川瀬泰雄 (著), 吉田格 (著), 梶田昌史 (著), 田渕浩久 (著)  DU BOOKS

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%B7%A8%E6%9B%B2%E5%AE%B6-%E6%AD%8C%E8%AC%A1%E6%9B%B2-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%82%92%E6%94%AF%E3%81%88%E3%81%9F%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%9F%E3%81%A1-%E5%B7%9D%E7%80%AC%E6%B3%B0%E9%9B%84/dp/4907583796/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1498073944&sr=1-1&keywords=%E7%B7%A8%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E3%80%80

返信する
岡本 浩和

>雅之様

>編曲による相当な撓みや歪みにも耐えられる免振構造

まったくその通りだとあらためて思いました。
それと、また興味深い書籍のご紹介ありがとうございます。
当時は楽曲の良し悪し、売れる売れないはアレンジに随分左右されたんでしょうね。
読んでみます。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む