バーンスタイン指揮コンセルトヘボウ管のシューベルト「未完成」(1987.10Live)ほかを聴いて思ふ

schubert_8_bernstein_aco718「弘法にも筆の誤り」と言うように、人事に絶対はない。
完璧、完全でないがゆえに人は他人と引き合い、交わることができるのである。それこそパズルのピースが互いを補完するように。
「未完成」の美。もちろん本人が意図したことではないだろうに、結果的に「未完」であったがゆえに後世に語り継がれたであろう傑作。どれだけ人口に膾炙した(ポピュラーすぎる)作品であろうと稀代の名曲に違いない。特に、名演奏で触れる「未完成」交響曲は、聴く者の心を震撼させ、魂を焼き焦がすほどの力が漲る。

1822年7月にシューベルトによって書かれた、父との確執を暴露し、亡き母への愛情を告白する「ぼくの夢」と題する断片には次のようにある。

お父さんはぼくをぶち、ぼくは逃げだした。もう一度ぼくは自分の道を歩み、別れゆく人たちへの愛を胸一杯に感じながら、もう一度異郷にさまよい出た。長い年月、ぼくは歌をうたった。愛をうたおうとした時、愛は苦しみになった。そして苦しみをうたおうとすると、苦しみが今度は愛になるのだった。愛と苦しみとは、こうしてぼくを二つに裂いた。
前田昭雄著「カラー版作曲家の生涯 シューベルト」(新潮文庫)P96

ちなみにこれは、ちょうど「未完成」交響曲が書かれていた時期のもの。
夢か現か、二つに裂かれた身体が、まるで「未完成」という作品を媒介にしてひとつに戻されたかのような感覚。2つの楽章に通底する悲しみとも喜びとも表現し難い不思議な音調。

シューベルト:
・交響曲第8番ロ短調D759「未完成」(1987.10Live)
・交響曲第5番変ロ長調D485(1987.6Live)
レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

バーンスタイン晩年の超絶名演奏。
第1楽章アレグロ・モデラート冒頭の内側には間違いなく苦しみがある。否、楽章を通じてシューベルトは不安に苛まれるのだ(哀しみを見事に表現できる指揮者の棒!)。しかし、第2楽章アンダンテ・コン・モートにおいて、その苦悩は時間を追うごとに解決され、最後には全てが融け合い、苦しみは愛に変容する。
あるいは、聴き様によってはその逆。いずれにせよ、愛と苦悩とは一体であり、少なくともバーンスタインはそのことを知っていた。何と胸に迫る「未完成」交響曲よ。

シューベルトは早10代でこの世界のからくりを知り、喜びと悲しみを同時に体験したのだろう、19歳の時の作曲である交響曲第5番も、本来明朗な曲調の音楽にもかかわらず、さすがはバーンスタインの棒、一層の深みと不思議な哀感を湛える。何より第2楽章アンダンテ・コン・モートの深淵から覗き込むような音。何という脱力。

 

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2 COMMENTS

雅之

宇宙や万物の本質は「未完成」であり、人間や人類もまた、どこまでいっても「未完成」です。

もし魂が、岡本様が信奉する輪廻思想に準拠する存在ならばなおさらです。つまり「永遠」こそが「未完成」とイコールだから。

「素数」って、無限に続きますよね。2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97 ,101, 103, 107, 109, 113, 127, 131, 137, 139, 149, 151, 157, 163, 167, 173, 179, 181, 191, 193, 197, 199, 211, 223, 227, 229, 233, 239, 241, 251, 257, 263, 269, 271, 277, 281, 283, 293, 307, 311, 313, 317, 331, 337, 347, 349, 353, 359, 367, 373, 379, 383, 389, 397, 401, 409, 419, 421, 431, 433, 439, 443, 449, 457, 461, 463, 467, 479, 487, 491, 499, 503, 509, 521, 523, 541, 547, 557, 563, 569, 571, 577, 587, 593, 599, 601, 607, 613, 617, 619, 631, 641, 643, 647, 653, 659, 661, 673, 677, 683, 691, 701, 709, 719, 727, 733, 739, 743, 751, 757, 761, 769, 773, 787, 797, 809, 811, 821, 823, 827, 829, 839, 853, 857, 859, 863, 877, 881, 883, 887, 907, 911, 919, 929, 937, 941, 947, 953, 967, 971, 977, 983, 991, 997, 1009 ・・・・・・。

「未完成」こそが未来への扉です。よいお年を。

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岡本 浩和

>雅之様

円周率も同じくですね。

人間には完全な円というのは描けないのだと思います。完璧な円は理論上でしか存在しないと。有限の人間は未完成であるゆえ永遠に輪廻の環を抜けられないのでしょう。

今年もお世話になりました。良いお年を!

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