東京クヮルテットのベートーヴェン四重奏曲作品18(2006&07録音)を聴いて思ふ

8月8日の空想。
1799年のベートーヴェン。
いまだハイドンやモーツァルトの影響下にあろうとも、そこにあるのは独自の、かつて聴いたこともない世界だった。当時の聴衆は彼の音楽をどのようにとらえたのだろう?

彼は、人間がほとんど夢想もしなかった、まったく異なる秩序を持った世界を飛んでいるのだった。海と陸と空気と宇宙の領域のほかに、まだ火の領域があったのだ。彼だけが、それをまのあたりにする特権を持ったのだ。これ以上期待するのが身のほど知らずだというぐらいはわかっていた。
アーサー・C・クラーク/伊藤典夫訳「2001年宇宙の旅」(早川書房)P247

確かにまだ火の領域が残っていたのである。

その超時間的な一瞬が過ぎた。振子は運動方向をかえた。地球から二万光年隔たった二重星の、その業火のまっただなかにうかぶ空っぽの部屋で、赤んぼうが眼を開き、うぶ声をあげた。
~同上書P259

それは、深淵に対する恐怖ではなかった。未来への底深い不安だった。人間的な時間尺度を、彼は捨て去っている。渦状肢の星のない闇を思いうかべるうち、眼の前にぽっかりと口をあけている「永遠」にはじめて気づいたのだ。
だが一人ぼっちには決してならないことを思いだすと、パニックもゆっくりと消えていった。宇宙の全体像はふたたび元の澄みきったかたちに戻っていた―自分ひとりの力でできたのではない。それは知っていた。最初の数歩は足元がたよりない。どうしても必要なときには、手がさしのべられるだろう。
~同上書P263

ベートーヴェンはおそらく創作時、ここでのデイビッド・ボーマンのように時間を超え、何万光年という宇宙を彷徨い、そしてまた、作曲活動を終えた瞬間にはウィーンでの元の現実に戻るということを繰り返していたのかもしれない。

東京クヮルテットが解散して早4年超になる。
あの、最後となったツアーでの一夜のコンサートに触れたとき、この稀代の四重奏団が解散するには早過ぎると心底思った。鉄壁のアンサンブルと情感豊かな音楽美とでも表現しようか、実にバランスのとれた演奏に僕はとても感動した。特に、ベートーヴェンの素晴らしさ。真に音楽しか感じさせない、何か技術を超える崇高な精神性とでもいうのか、そういうものがあそこにはあった。
それは、彼らが10年前に録音した全集においても変わらない。
作品18を聴いた。

ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第1番ヘ長調作品18-1(1799)
・弦楽四重奏曲第2番ト長調作品18-2(1799-1800)
・弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品18-3(1798-99)
・弦楽四重奏曲第4番ハ短調作品18-4(1800)
・弦楽四重奏曲第5番イ長調作品18-5(1799-1800)
・弦楽四重奏曲第6番変ロ長調作品18-6(1799-1800)
東京クヮルテット
マーティン・ビーヴァー(ヴァイオリン)
池田菊衛(ヴァイオリン)
磯村和英(ヴィオラ)
クライヴ・グリーンスミス(チェロ)(2006.5&2007.2録音)

典雅な音楽が縦横に響く。
ト長調四重奏曲第2楽章アダージョ・カンタービレの美しさ。あるいは、この曲集の最初の作といわれるニ長調四重奏曲第2楽章アンダンテ・コン・モートの優しさ。そして、唯一の短調作品となるハ短調四重奏曲第1楽章アレグロ・マ・ノン・タントの闘争。
さらには、イ長調四重奏曲第3楽章アンダンテ・カンタービレの幼少を懐かしむ安らぎと変ロ長調四重奏曲終楽章ラ・マリンコニアの永遠。

清廉で素朴な歌の数々。

ここにいるデイビッド・ボーマンは存在をやめても、別のデイビッド・ボーマンは永遠に存在し続けるのだ。
~同上書P259

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン然り。
東京クヮルテット然り。

 

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2 COMMENTS

雅之

残暑お見舞申し上げます。

>ここにいるデイビッド・ボーマンは存在をやめても、別のデイビッド・ボーマンは永遠に存在し続けるのだ。

数日前にBDで鑑賞したばかりですが、「インターステラー」というSF映画も深かったですよ。機会があれば、ぜひ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A9%E3%83%BC

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B013UO2WYY/ref=oh_aui_detailpage_o00_s00?ie=UTF8&psc=1

夏季休暇に入るため、当分の間、コメントをお休みします。

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