音楽の森「フランス音楽の夕べ」

20091101franceHeidsieck.jpg国立楽器北口本店コンサートフロアで開催された音楽の森「フランス音楽の夕べ」第2夜。100名の無料ご招待ということで、満員の会場は皆この日を待ちわびたかのような熱気に溢れていた。プログラムは2部構成で、第1部が新進の女流ピアニスト、マリラン・フラスコーヌによるショパン、ラヴェルほかの演奏、そして第2部が「from H to H~ハイドンからハイドシェックまで」と題するエリック・ハイドシェックによる演奏。もちろんお目当てはハイドシェックだったのだが、フラスコーヌというピアニストの力量を目の当たりにするや、彼女の将来がとても楽しみになった。ともかく鋼鉄のようなフォルティッシモから繊細なピアニッシモまで10本の指が縦横無尽に鍵盤上を駆け巡る様は見事としか言いようがなかった。

司会:末高明美(ピアニスト、洗足学園音楽大学講師)
使用ピアノ:ベーゼンドルファー モデル225
会場:国立楽器北口本店コンサートフロア

◆第1部
マリラン・フラスコーヌ(ピアノ)
・ショパン:幻想曲へ短調作品49
1841年、ショパンがパリのプレイエル・ホールでのコンサートを成功させ、経済的にも安定していた時期にジョルジュ・サンドの別荘のあるノアンで作曲されているこの曲は、まさにその名のとおり幻想的でかつ叙情的、ショパンの作品の中でも一際しっかりした構成を持つ傑作である。そういう楽曲を明暗をつけながら物の見事に音化するフラスコーヌの腕前、その超絶技巧は目を見張るものがあった。聞くところによると、本国ではアルゲリッチの再来とまで言われているそうだが、なるほどと頷けるだけの内容をもった音楽作りだった。

・ラヴェル:夜のガスパール~「オンディーヌ」、「絞首台」、「スカルボ」
このラヴェルの情熱的な超難曲をプログラムに載せる時点で彼女の腕前が相当なものだと想像できる。実際、並大抵の迫力、テクニックではなかったし、音楽性も満点でこんな素敵な「ガスパール」は初めて聴いたといっても言い過ぎではない。「絞首台」の不気味な連続したリズム、「スカルボ」における強烈な打鍵と複雑だがスムーズに流れる音の洪水。

・ビゼー=ホロヴィッツ:カルメン幻想曲
このホロヴィッツ作のアンコール・ピースである「カルメン幻想曲」も実演では初めて聴いた。言葉を失うほどの衝撃的な演奏。実際、ホロヴィッツ自身が演奏したらばこんなものじゃないのだろうが、少なくとも彼女の生演奏に触れるだけでこの音楽の持つエネルギーの放射を至近距離で体感できたことに感謝したい。背筋が凍りつくほどの感動を与えてもらった。そして、アンコールにはショパンを1曲。マズルカ第23番ニ長調作品33-2。残念ながら彼女のマズルカは大味でいただけない。もう少ししっとりとし、小さな音はより小さく、大きな音はやや抑え気味でやってもらえたらもっと感動しただろうに・・・。さすがにまだまだ発展途上であることを確認させてくれたから逆によかったか。本当にこれからが楽しみだ。休憩時に早速音盤を買い求め、終演後、サインをいただき握手までさせてもらった。

15分の休憩を挟み、御大ハイドシェックの登場。何とプログラムはギリギリまで誰にも知らされなかったよう。

◆第2部
エリック・ハイドシェック(ピアノ)
・ハイドン:ピアノ・ソナタ第59番変ホ長調HobⅩⅥ:49~第2楽章&第3楽章
9月のリサイタルでも披露されたハイドンのソナタから抜粋で。ハイドシェックは決して万全の体調ではないようだ。この曲でも第2楽章の途中で一瞬止まりそうになったし(いや、一瞬止まった)、どうも指がおぼつかない。何と今回は、先日の東京日仏学院と本日のリサイタルのためだけの来日のようで明日また帰国するのだという(相変わらず最後に言い訳をしていたことが可笑しくて堪らない)。それでも今回のピアノがベーゼンドルファーということもあり、いつもと違った音色で、しかも相変わらずキラキラとしており、そのあたりは間違いなくハイドシェックの音楽だった。

・J.S.バッハ:クラヴィーア協奏曲第5番へ短調BWV1056~第1楽章(ピアノ独奏版)
第2楽章がつとに有名な音楽だが、2台ならばともかくピアノ1台では無理があると前置きしながらの演奏。調子が上がり始める。

・シューマン:子どもの情景作品15
こちらも9月に披露された音楽だが、今回ばかりはどうなるのかと冷や冷やさせられたのも事実。何せ第3曲では明確に指が回らず、途中で崩壊してしまったのだから。ハイドシェックらしく謙虚に謝りながら演奏は続けられたが、最後まで痛々しかった。何だか、アマチュア・ピアニストの練習を聴かされているような気がしたくらい。どうもシューマンのこの曲は鬼門のように思える。

・ドビュッシー:前奏曲集第2巻~第5曲「ヒースの荒地」、第2曲「枯葉」
・ドビュッシー:前奏曲集第1巻~第11曲「パックの踊り」

ハイドシェックのドビュッシーはやっぱり良い。心身ともに疲労の極致なりそうなエリックの独壇場のようなパフォーマンス。シューマンのときとはまるで違うオーラを感じさせる。

・ハイドシェック:5つのプレリュード “Amare Doloris Amor〈詩/Maurice Courant〉”より
例によって作曲者の自作自演。可もなく不可もなくというところか、本日の演奏は・・・。
最後のアンコールは2曲。フォーレの夜想曲第3番変イ長調作品33-3と自作の「ラ・マルセイエーズ」パラフレーズからフォーレ風

終演後、舞台上でインタビューが披露されたが、ともかくマエストロは話好きで止まらない。これまでの人生で人前でベーゼンドルファーを弾いたのは何と初めてなのだとか。しかも、ヤマハやスタインウェイのタッチに非常に似つつも、響きは間違いなくベーゼンドルファーであったことが余計に素晴らしかったと。さらに、木曜日に来日し、ほとんど寝る間もなく2回のコンサートに出演し、明日帰るというハード・スケジュールだったから、下手糞な演奏で申し訳なかったという謝罪(言い訳?)付きで(笑)。本来はこうじゃないんだよともしつこく繰り返されていた。そうでしょう、そうでしょう。こんなものじゃないはずです。

とはいえ、今回の来日での2回の公演の両方を聴けた人って少ないだろう。ひょっとして僕と同伴した友人だけじゃなかろうか・・・。希少な体験である。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
「ラ・マルセイエーズ」パラフレーズなどに象徴される即興・アドリブや、ドビュッシーなどモードを重視した音楽への指向・・・、そう、モード・ジャズにも通じます・・・、であれば尚更ハイドシェックこそナマを体験すべき演奏家ですね。技術の衰えも、一種の即興・アドリブだと思えば味わい深いのでは? いずれにしても今回聴かれたことは、羨ましい御体験です。
昨日、岡本さんのセミナーがきっかけで知り合うことができた、某石油会社勤務のSさんが出演されたミュージカル「A COMMON BEAT」中部公演
http://www.commonbeat.org/musical/13.html
を、妻子とともに初めて観劇しました。
前知識はほとんど無かったのですが、いやー、素晴らしかったです! 一般社会人がほとんどのメンバーで、あの躍動感溢れる舞台を100日で作り上げることは、並大抵ではないと驚きました。Sさんも無茶苦茶カッコ良かったです、ブラボー、感動しました。
コモンビートの活動の輪、どんどん拡がればいいなあと思いました。
http://www.commonbeat.org/about/philosophy.html
あのミュージカルの崇高なテーマと感動は、ベートーヴェンの「第九」にも匹敵します。しかし「A COMMON BEAT」に参加するには、基礎体力と運動神経は、どう考えても必須のようです(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>技術の衰えも、一種の即興・アドリブだと思えば味わい深いのでは? 
おっしゃるとおりです。これはもうショーですね。「ごめん」と言ってやり直したり、気さくにインタビューに答えておしゃべりが長くなったり、他のピアニストでは考えられないような「事件」が起きますからね。
「コモンビート」行かれましたか!何年か前に僕も東京で観ました。ただしその時はS君は出てませんでしたが。
>しかし「A COMMON BEAT」に参加するには、基礎体力と運動神経は、どう考えても必須のようです(笑)。
意外に楽にできるかもしれませんよ(笑)。そんなことないか・・・。

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雅之

今回Sさんは「青大陸権力者」という重要な役どころでしたからね(前回は「緑大陸権力者」だったらしい)。いや、本当に大したものです!!

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岡本 浩和

>雅之様
S君は2回とも権力者だったらしいですね。
青と緑の違いは覚えていませんが・・・。

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