シューリヒト指揮南ドイツ放送響のシューベルト「ザ・グレイト」(1960.9録音)を聴いて思ふ

森の梢の周りに、いたましげに
日没の光がふるえている。
これは、別れを告げてゆく夏の光の
最後のくちづけかも知れない。

心の底の底から
泣かずにはいられない気持がする。
今この有様がわたくしに
恋の別れをまたしても想い出させる。
「逝く夏」
片山敏彦訳「ハイネ詩集」(新潮文庫)P186

夜半には早くも秋の虫が鳴く。
いよいよ寂しさの増す季節に入る。自らを省み、沈思黙考するにはとても相応しい時期。
そんなときのお伴はフランツ・シューベルト。
いつまでも終わることを知らない、執拗な音楽が熱を帯びるとき、聴く者にそれまでにはなかった奇蹟を喚起する。カール・シューリヒトが晩年に録音した「ザ・グレイト」は、一気呵成に進められる中で実に集中力と遠心力を包括する素晴らしい演奏。
ゆるぎない軸に歌う旋律。灼熱の音楽は楽章を経るごとにますます燃える。何物にも代え難いシューベルト。
第1楽章アンダンテ―アレグロ・マ・ノン・トロッポの伸縮の激しい解釈に、シューリヒトのデモーニッシュな一面を垣間見るよう。

・シューベルト:交響曲第9番ハ長調D944「ザ・グレイト」
カール・シューリヒト指揮南ドイツ放送交響楽団(1960.9録音)

第2楽章アンダンテ・コン・モートは滑らかに歌う。そして、第3楽章スケルツォの、特にトリオの詩情は指揮者の鷹揚な器の証。

向上心に燃える音楽家たちに自らの力を提供することは、彼の好むところであった。こういった音楽家たちの若さと情熱は、思い上がりや、無気力とも縁がないであろう。ずっと昔、ヴィースバーデンにいた時代から、彼は新しい楽譜の譜読みから、オーケストラが引き出してくる素晴らしい力をよく理解していた。
ミシェル・シェヴィ著/扇田慎平・塚本由理子・佐藤正樹訳「大指揮者カール・シューリヒト―生涯と芸術」(アルファベータ)P248

さらに、うねる終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの情熱とパワーに卒倒。咆える金管、歌う木管、そして鳴く弦楽器。これこそまるでハインリヒ・ハイネのイメージする秋の夜ふけの風雨なり。

秋の夜ふけの雨と風
外の面に狂う音きこゆ、
いずこに住むや、気のよわき
あわれなる子よ?
「秋の夜ふけの雨と風」
~同上書P57-58

今年はカール・シューリヒト没後50年。
そして、フランツ・シューベルト生誕220年。同時にハインリヒ・ハイネ生誕220年。

 

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