クリュイタンス指揮パリ音楽院管 ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1962.6録音)

古代趣味に心を砕くよりも、むしろ18世紀末のフランスの画家たちが想像を駆使して描いたものに似通った、私の夢想するギリシアに忠実な音楽の巨大なフレスコ画。
(モーリス・ラヴェル)
アービー・オレンシュタイン著/井上さつき訳「ラヴェル生涯と作品」(音楽之友社)P78

作曲家が最重要作だとする舞踊のための音楽。
この色彩豊かな音響は、終始うねりに溢れ、音のみであるにもかかわらず、まるで映画でも観るように、僕たちの脳裏に鮮明な天然色の映像を残す。
バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲。
ドライヴするのはアンドレ・クリュイタンス。録音史上屈指の名盤の一つであると僕は思う。

主役を踊ったのはヴァスラフ・ニジンスキーとタマラ・カルサヴィナで、装置と衣装はレオン・バクスト、指揮はピエール・モントゥーだった。
~同上書P78

その上、振付はミハイル・フォーキンによるのだから、それだけでバレエ・ファンには垂涎ものの、奇蹟の初演である。ラヴェルの音楽については賛否両論真っ二つだったそうだが、それは上演の準備不足が原因だったことが今では明らかだ。

・ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1908-12)
―第1部「パンの神とニンフの祭壇の前」
―第2部「海賊ブリュアクシスの陣営」
―第3部「第1部と同じ祭壇の前」
ルネ・デュクロ合唱団
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団(1962.6.1, 4-8録音)

古風なという表現が良いのかどうか、ヴォカリーズの混声合唱の厳かな声に心奪われる。
洗練された粋な音調のうちに垣間見る峻厳なるドイツ精神の意志。ラテンとゲルマンの混淆(矛盾の中の美)こそがクリュイタンスの最大の強みであるが、「ダフニスとクロエ」はその強みを徹底的に駆使し、生かした産物だ。
フリードリヒ・ニーチェを思う。

生存衝動の極めて驚くべき仮面たる敬神! 最高の道義的叡智が賦与される、完全な夢幻世界への没頭! はるか遠くから雲に包まれた真理を讃仰し得んがための、真理からの逃避! 現実が謎めいているが故の、現実との和解! われわれが神ならぬ身であるが故の、謎を解明することにたいする忌避! 汚辱に塗れながら満ち溢れる歓喜、不幸にあって動ぜざる安心立命! 人間の最高の顕示としての、最高の自己放棄! 生存のもろもろの威嚇と恐怖とを生存の治癒剤として讃美し浄化すること! 生を蔑視しながら歓喜に満ちて生きること! 意志の否定における意志の勝利!
「ディオニソス的世界観」
塩屋竹男訳「ニーチェ全集2 悲劇の誕生」(ちくま学芸文庫)P249

この世界は初めから矛盾の中にあることを芸術家は知っていた。
だからこそ、いつの時代においても大いなる「讃美」があれば、糞のような「否定」もあるのである。ラヴェルの音楽は一部の隙もない傑作だ。それゆえにすべては再現者の責任にある。

かかる認識段階においてはただ二つの道があるのみである。聖者の道と悲劇的芸術家の道がすなわちそれである。両者に共通するところは、彼らが生存の空しさをもっとも明確に認識しながらもなおかつ、その世界観に何らの亀裂をも感ずることなく生き続け得るという点である。
~同上書P249

60年近くを経ていまだ燦然と輝く金字塔。

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