クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルのブルックナー交響曲第5番(シャルク改訂版)を聴いて思ふ

ブルーノ・ワルターの手記には次のようにある。

ウィーン歌劇場はグレーゴルの辞任後、リヒャルト・シュトラウスとフランツ・シャルクの、ふたりの監督の手に移っていた。異質なこのふたりに理解しあえるわけがなく、1924年にシュトラウスは憤激して辞任し、シャルクがひとりですべての指導をひき受けることになった。彼はウィーン子で、この地の音楽的伝統に溢れており、ブルックナーの弟子かつ信奉者であり、優秀な音楽家であり、精神と教養を具えた男であり、そして―ウィーン歌劇場を愛していた。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P367

この事実だけでも、シャルクが思い入れの強い、情の深い人間であることがわかる(一方で、シュトラウスは良くも悪くも冷静な人だったということだ)。フランツ・シャルクは師アントン・ブルックナーを心から尊敬していた。

そんなわけで、彼は自分の高い責任を意識し、ひたすらこの愛する機関のために生きていた。たしかに音楽家ならびに人格の持つ意義のほうが、指揮者としての意義を凌駕していたとはいえ、指揮台の彼からも―年のたつにつれてしだいに強度に―権威と真摯が影響を及ぼした。この機関の監督としての彼の業績は、高く評価して思いださなければならないのである。
~同上書P367

やはり音楽的には素晴らしい才能をもった人だといえる。

ついでながら彼は闘争的な素質の持主で、なみはずれて急所を突いた意地の悪い機智を思いのままにし、国立歌劇場および芸術の利害のためにこの鋭利な武器を用いて効果をあげた。彼がこのうえなく大規模な成功をおさめたのは、ウィーン歌劇場を率いてパリに現われたときのことで、とくに「フィデーリオ」の上演は、彼にひじょうな栄誉をもたらしたのであった。
~同上書P367-368

しかも闘争的で、競争心に溢れていたのだから、やはり彼がブルックナーの作品を改訂しようとした背景には、師の音楽に対する純粋な愛情と、世界にその名を轟かせんとするいわば私欲が拮抗した想いがあってのことだったのだと思う。

当時の私はシャルクについて、頭は鋭いが心は貧しい、という印象を持っていたのであるが、これが彼に対して不当でなかったかどうか、私には解らない。というのも、ウィーン歌劇場に対するその後の犠牲をかえりみぬ奉仕や、晩年の活動に見られる芸術的成長は、彼の実力をさし示しているのだが、当時はそれが彼の嘲笑的な冷気の黴のために発展を妨げられていたのか、あるいは私の未経験な目に隠されていたにすぎないのか、そのどちらかだったからである。いずれにせよ数十年ぶりに、彼の死よりそう以前のことではなかったが、私たちは双方が好意を持つ雰囲気のなかで、とつぜんおたがいを《発見する》ことになった。私はこの劇場に対する疑う余地のない彼の献身と、ますます真摯を深めてゆく彼の音楽的精神とに感動した。
~同上書P368

そして、ブルーノ・ワルターとフランツ・シャルクがついに歩み寄り、受け容れ合った瞬間の描写は感動的だ。

・ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調(シャルク改訂版)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1956.6録音)

いかにも厚化粧かつ異形(偉業?)の第5交響曲だが、それが深い愛情の賜物であることを知るにつけ、決して無視することのできない「版」であることを思い知らされる。カットにカットを重ね、60分強に短縮された音楽は、一般大衆の耳に抵抗ないように考え抜かれた代物。
それでも、クナッパーツブッシュの演奏はさすがで、終楽章のフーガなどは意味深い響きに満ち、何よりコーダの類を見ない重みと力強さは、あらゆる演奏の人後に落ちない(何やかんや言いつつあまりの改竄(?)に肩透かしを食らう瞬間頻発なのだけれど)。

こうしてついに或るとき、彼にさそわれてザルツブルク近郊の静かなカフェーで会い、真実の了解のうちにひとときを過ごした。のちにザルツブルク芸術祭でなにか或るモーツァルトの作品を―どれであったかもう覚えていないが―重病のためにもはや指揮できなくなったとき、彼は私にそれをひき受けてほしいと手紙で頼んできた。そこには、私の手に委ねられたと知れば安心するだろう、と書いてあった。
~同上書P368

最初はとっつきにくかろう。しかし、それが、愛に溢れる仕事だと本当に理解したときに、フランツ・シャルク版の価値が腑に落ちるのだと思う。
最高だ・・・。

 

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3 COMMENTS

雅之

ブルックナーの音楽に縁のない人たちにとっては、シャルク版でも十分長いのではないでしょうか。

幅広い層の現代人にブルックナーを受け入れてもらうには、ブルックナーのフレーズをふんだんに用いた「PPAP版」みたいなものを作ったらどうでしょう?(笑)

https://www.amazon.co.jp/PPAP-DVD%E4%BB%98-%E9%80%9A%E5%B8%B8%E4%BB%95%E6%A7%98-%E3%83%94%E3%82%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/B01MG77UTE/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1492692328&sr=8-1&keywords=PPAP

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岡本 浩和

>雅之様

>ブルックナーのフレーズをふんだんに用いた「PPAP版」みたいなものを作ったらどうでしょう?

それは名案!!(笑)

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