過去への囚われ

beethoven_eroica_suitner.jpgだいぶ前に「早わかりクラシック音楽講座」のコラムでも書いたが、ベートーヴェンは「引越し魔」でウィーン時代だけでも80回以上の移動を重ねたという。それには物理的側面、精神的な面、いろんな理由があるだろうが、彼のそういう「癖」が、常に斬新で革新的な音楽を生み続けた原動力になっていたのではないのかとふと思った。

4月から支援型レンタル・サロン「エルーデ・サロン」がオープンするが、その関係で住居を別にする。昨日と今日、日を徹して作業をしたが、家全部の引越しじゃないので大したことはないだろうと高をくくっていた。一昨日の記事のコメントにも少し書いたが、書籍の量が半端でなく、自分でも少々途方に暮れた。しかも、押入れの奥には必要のない書類の山、あるいは着ない洋服が山のようにあり、妻から呆れられるどころか怒られた(それこど使わない物を溜め込むことほど悪いことはない)。本は僕にとっての重要な仕事の材料(趣味でもあるが)だから仕方ないにしても、ガラクタの類までごっそりとっておいたとは自分でも吃驚した。よくよく考えると相当「過去」に囚われていた。いつか必要になるかもしれないという一種の不安感(?)からとっておいたが、「固執を捨ててしまうのが肝心」ということで書籍以外の全てはほぼ処分した。

掃除や整理をするときれいになるが、その前にほこりが出る。長年溜まった「ほこり」がようやく解けたようですっきりした。心も不思議に軽くなった。仕事もうまく前に進んでいくような気がする。「『思い出』という名の過去への囚われ」が前に進むことを邪魔していたことが如実にわかる。

心機一転、新しい環境に身を置くことで、新しい智慧を授かり、そこから「革新」が生まれる。ベートーヴェンが各々個性を持った9つの交響曲で成し遂げた進化は、80回以上にわたる「引越し」も意外にその要因、きっかけになっていたのかもしれない。

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレ

久しぶりに聴いたDENONのPCM録音初期の屈指の名盤。スウィトナーは1990年以降、病気のため公の前に姿を見せなくなったが(つい先日亡くなった)、1980年、最も脂が乗り切っていた当時のこの演奏は、いぶし銀のようなオーケストラの響きが柔らかく奥行きのある録音により一層生々しい音を表出している。東ドイツのオーケストラというのは、ソ連のオケ同様今の時代にない独特の「安定感」がある。音楽家が国家に管理されていた時代ゆえ一種「統率感」があり、「ひとつになろうとする力」が無意識に働くことで、無限の可能性の拡がる、そんなような印象を与える名演奏が生まれるのであろう。それに第1楽章コーダの有名な旋律が消える部分も、明らかに原典通りに木管に演奏させているがはっきりと旋律は聴こえる。このあたりは名匠スウィトナーの面目躍如たるバランス感覚が生んだと思われる最高の部分である。ちなみに、「エロイカ」はベートーヴェンの30代前半の大傑作。この曲を書くことによって「過去への囚われ」が解消し、楽聖の人生が拓かれ、その後の方向性を決定づけたとはっきりいえる。

引越しは無事済んだが、各々の部屋の整理、片付けがまだまだ。さて、また「仕事」に戻るとするか・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
いやー、お疲れ様です。
>よくよく考えると相当「過去」に囚われていた。いつか必要になるかもしれないという一種の不安感(?)からとっておいたが、「固執を捨ててしまうのが肝心」ということで書籍以外の全てはほぼ処分した。
その通りなんですよね、まったく・・・。
でも、いつまでたっても・・・「分かっちゃいるけど やめられねえ ア ホレ スイスイ スーララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーララッタ スーララッタ スイスイ(植木等)」
って感じでまるで懲りないのです(爆)。煩悩そのもの。
で、こんな本を買って反省したりして、それ自体また本が増えます(爆)。
「ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門」カレン・キングストン (著), 田村 明子 (翻訳) (小学館)
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「モノを捨てればうまくいく 断捨離のすすめ」川畑のぶこ 著 (著), やましたひでこ (監修) (同文館出版)
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実にいいこと書いてあります。しかし、「捨てる」ための事業仕訳けも、ほとんど効果なし、焼け石に水・・・、家人へ約束した「無駄な書籍・CD・その他ガラクタ初年度25%削減」「物から人へ」というマニフェストも、掛け声ばかりで看板倒れ、まるで民主党政権そのもの!!(首相みたいに、お母さんからのお小遣はないですけれど・・・涙)
スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの「英雄」、大昔、初出LPで堪能しました。福永陽一郎さんの熱く語ったライナー・ノーツが印象的でした。当時もうひとつの新譜、バーンスタイン&VPOと対照的な、何も付け加えない美が、そこにはありました。彼らの来日公演も聴きに行きましたが、良い意味で田舎臭かったですねぇ。
それにしても、所有のCD(LP)が今ほど多くなかったあの頃が幸せだったのかも・・・。膨大なCDとの、1枚1枚の付き合いは、どうしても「淡交」または「悪い意味での馴れ合い」になります。
人間関係だけではなく、CDとの付き合いも「関係の質」を向上させなければと、痛切に感じています。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
またまた面白い本をご紹介いただきありがとうございます(笑)。まぁ、あまり無理せず自然体でいった方が心身に良いと思います。
そうそう、スウィトナー盤とバーンスタイン盤は同時期の発売でしたよね!!当時は僕はバーンスタインの演奏の方が好きでしたが、今ならスウィトナーに惹かれます。
>それにしても、所有のCD(LP)が今ほど多くなかったあの頃が幸せだったのかも・・・。膨大なCDとの、1枚1枚の付き合いは、どうしても「淡交」または「悪い意味での馴れ合い」になります。
同感です。あの頃はひとつひとつ大切に、しかもじっくり擦り切れるほど聴きましたからね・・・。CDとの「関係の質」向上、確かにこれは共通テーマですね。
ところで、スウィトナー盤のLPはやはり処分されたんですか?

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