ホロヴィッツの1965年カーネギーホール・ライブを久しぶりに聴いている。
いわゆる「Historic Return」というやつだ。
表舞台から遠ざかり隠遁生活をしていたホロヴィッツが10数年ぶりに公の場に姿を現した歴史的記録の録音である。
聴衆の反応は半端ではない。
ホロヴィッツの演奏の「研ぎ澄まされ感」というのも並大抵ではない。しかし、なぜかそこにあるのは「人間の弱さ」と「一抹の不安感」である。この録音はもともとは「編集された」代物であった。しかし、3年ほど前「Unedited」と称し、未編集バージョンが突如リリースされた。(未発表のDVD付で)
そう、当日のそのままをリアルに聴かせる音盤なのである。
ホロヴィッツの人となりは詳しく知らない。ほとんど興味を持ったことがなかったので文献もそうは読んでいない。
しかし、どうやら分裂気質、躁鬱的気質であったらしい。
残されたドキュメンタリーVTRを観るとやっぱり普通の人じゃないのはよくわかる。
世の中で天才といわれる人はそういうものなんだろうか。
芸術というもの自体「負の美学」であるゆえ、あまりに楽天的に生きる我々には想像もつかない独特な世界があるのかもしれない。凡人には見えてない世界があるのかも。。。
シューマン:幻想曲 ハ長調 作品17
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第9番 へ長調 作品68「黒ミサ」
追記
その後、これも久しぶりに「ホロヴィッツの思い出」というLDを観てみた。もちろん非常にポジティブにドキュメントしている映像なので、彼の「愛らしい、いい意味での子供っぽさ」がよくでていて微笑ましい。
こんなじじいになれたらいいな(笑)
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[…] 拙ブログ「アレグロ・コン・ブリオ」は2007年5月8日にスタートした。あれから4年と5ヶ月弱。我ながらよく続いているものだと感心するが、そもそも基本的に感情を表に出さない僕がせめて日々思ったこと、感じたことを日記風に綴っていこうと新たな生活が始まったことをきっかけに始めたことだった。要は私小説風の音楽日記。ゆえにもってまわった意味不明の言い回しが時にあったり、独断と偏見で勝手な言い分を披露したり、本当に書きたい放題書いてきた、その程度のモノである。それでも、これだけ長い間ほぼ毎日記事をアップすると見ていただいている人もそれなりに増えているようで、素敵なコメントをいただくことが楽しみの一つになっているのだから「継続する」ことの大切さを再確認している。 […]
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[…] ル。15年前の今日、僕はこのリサイタルの未編集音盤を聴き、ブログ記事を初めて綴った。 […]