キャスリーン・バトル プレミアム・ナイト Something to Sing About

何だか僕は随分涙もろくなった。
休憩中のホワイエでは「懐かしいね」という声があちこちから聞こえてきた。30年前の、バブルの時代を思い出す聴衆が多かったのかもしれない。何よりタイムスリップしたかのように、舞台にはあの頃と変わりない歌があったのだから。

音楽に単に懐古的になったのではなく、遜色のない、いやむしろ当時より深みが付加された歌声に確かに僕は心を揺り動かされた。冒頭の、彼女を一躍有名にした「オンブラ・マイ・フ」に思わず涙がこぼれた。たとえようのない美しさ。
比較の是非は横に置くとして、僕は、彼女の声質や歌い回しは薬師丸ひろ子のそれとそっくりだと思う。年齢を重ねても、相変わらずの澄んだ、あの可愛らしい声は健在。何と彼女は現在69歳なのだという。

キャスリーン・バトル・プレミアム・ナイト。
参った。予想通り、否、想像以上に衰えのない歌唱に、また年を重ねた分、あの頃より格段に広がったであろう彼女の表現力に、言葉を失った。ただただ拍手喝采だ。
シューベルトの膨大な歌曲から選ばれた4曲の、あまりに崇高な調べ。ポピュラーな「ます」と、直後の「若い尼」でのあえて異なる見事な感情表現。それこそまさに「老練」の味わい。あるいは、メンデルスゾーンの「歌の翼に」の、歌詞にある通り、壮大なガンジスの河を超える、世界の果てまで届くような歌声(いずれもハイネの詩によるものだが、何という選曲の巧さ!)。確かにバトルの音量は決して大きなものではない。しかし、その澄み切った声は広い会場を地から揺るがせた。
それにしてもジョエル・マーティンのピアノの巧みさに驚いた。作品によって細かく変化するその奏法に舌を巻く。何といってもラフマニノフの「春の奔流」での伴奏が絶品。

キャスリーン・バトル プレミアム・ナイト Something to Sing About
2017年10月19日(木)19時開演
サントリーホール
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
ジョエル・マーティン(ピアノ)
・ヘンデル:オンブラ・マイ・フ~歌劇「セルセ」第1幕
・シューベルト:
—あらゆる姿をとる恋人D558
―夜と夢D827
—ますD550
—若い尼D828
メンデルスゾーン:
—新しい恋作品19a-4
—歌の翼に作品34-2
ラフマニノフ:
—夜の静けさに作品4-3
—春の奔流作品14-11
休憩
・リスト:ローレライ
・オブラドルス:いちばん細い髪の毛で
・トゥリーナ:あなたの青い目
・G.&I.ガーシュウィン:
—サマータイム~歌劇「ポーギーとベス」
—バイ・シュトラウス~ミュージカル「ザ・ショウ・イズ・オン」
・ロジャース&ハマースタインⅡ:私のお気に入り~ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」
・黒人霊歌:
—ハッシュ
—私の小さなともし火
—天国という都
—馬車よやさしく
~アンコール
・黒人霊歌:Were You There When They Crucified My Lord?
・黒人霊歌:Over My Head I Hear Music In The Air
・チャールズ・ウェズレイ:Roll, Jordan, Roll
・黒人霊歌:Wade In The Water
・黒人霊歌:天国はうるわしい場所
・山田耕筰:この道
・ゴスペル聖歌:Little David, Play On Your Harp
・スピリチュアル:Two Wings
・黒人霊歌:Swing Low, Sweet Chariot

20分の休憩をはさみ、リストの「ローレライ」に始まる後半は、ポピュラー・シンガー、バトルの真骨頂。明らかに前半の声とは異なる、祈りに満ちた、ソウルフルな魂の発露がそこかしこから感じ取れた(特にアカペラ!!)。多少の崩しはもちろんのこと、彼女に感応し、即座に変化するマーティンのピアノ伴奏も完璧だった(逆に言うと、伴奏は彼でなければならなかった)。「サマータイム」にうっとり、また「私のお気に入り」に感動、あらゆる作品にみられた伸びのある、安定した、そして美しい超絶高音に卒倒、あっという間の2時間。
それにしても、延々30分にわたって繰り広げられたアンコールの嵐。
聴衆はスタンディング・オベイション。それに応えてバトルはある時はそっと静かに、ある時は声を振り絞って歓喜の声をあげる。聖なる黒人霊歌やスピリチュアルの凄み。これぞ本物であった。

この道はいつかきた道
ああ そうだよ
あかしやの花が咲いてる

北原白秋の詩が何と心に迫ってきたことか。まさに今、彼女は「この道」に還って来た。

 

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