アイリッシュ・トラッド~口承音楽

Chieftains_long_black_veil.jpg僕の部屋では毎朝定刻にNHK-FMが流れるようにラジオがセットされている。もう十数年の習慣である。平日はゆったりとクラシック音楽が聴こえてくるのだが、毎週土曜日はピーター・バラカン氏のDJによる「ウィークエンド・サンシャイン」という番組が鳴り出す。イギリス、ロンドンで生まれ育ったバラカン氏の知識、そして音楽体験は並大抵でない。過去のポピュラー・ミュージック・シーンを体感的に語れる人は彼以外にいないのでは・・・。しかも、常に「新しい」音楽を発掘しようとするチャレンジングな姿勢がまた魅力的なのである。というより、異常に音楽好きなのだろう、ともかく彼から学ぶことは大いにある。

ピーターさんとは2度ほど仕事の関係でお会いしたことがある。前職で英会話スクールの運営、英会話教材の開発にも携わっていたこともあり、テキストの付録CDのナレーターとして出演していただいたことがあったからだ。とても気さくで謙虚、それに(当たり前だが)日本語も英語もお上手で、話がこれまた面白い。まったく表裏がなく、あのラジオでの調子そのままのピーターさんなのである。
できればもう少し懇意になって、好きな音楽や音盤について語り合えるくらいの関係になりたいとも思っていたが、(残念ながら)機を逸してしまった。

午後、神奈川県の淵野辺で1コマ授業をもった。1年生である。素直だ。
帰宅後、Peter Gabrielの最新盤“Scratch My Back”を聴きながら、徳永英明じゃないが、最近はこういうカヴァーものが流行るのかとふと思った。Peterのこのアルバムも実に傑作だ(いつものメンバーを従えての録音ではなく、何とバックはオーケストラ―電気処理されているが―。プロデュースはファースト・アルバムのボブ・エズリン)。

そして、かれこれ15年ほど前に購入したアイリッシュ・トラッドの音盤を取り出す。StingやMick Jagger、Van Morrison、Ry Cooder、Marianne Faithfulらがヴォーカルで参加する、アイルランド民謡とロック音楽のコラボレートである。日本盤の解説はバラカン氏。

The Chieftains:The Long Black Veil

「・・・逆に不思議なのは、ザ・チーフタンズのアルバムが今までレコード会社のクラシック部門から発売されてきたことだ。確かに彼らが演奏するトラディショナル・ミュージック(トラッドという呼び方には私はどうも抵抗がある)はアイルランドでは古典に当たるものだが、西ヨーロッパのクラシック音楽とは根本的に異質のものである。まず楽譜には書き留めない完全な口承音楽だ。そのため例えば重要な伝統の一つであるアイリッシュ・ハープの多くの作品が消えてしまい、その演奏テクニックも謎だと言われる。また感覚的にも、ヨーロッパよりもアフリカやアジアと共通点があるかもしれない。音感そのものもそういうところがあるし、ふんだんに使われる装飾音の即興的な要素も、時々ブルーズによく似ている。移民と共にアメリカに渡ったこの音楽がいちばん大きな素材になっているカントリー・ミュージックが、ブルーズと混ざることによって、ロックンロールを生んだことを忘れてはならない。・・・」

どこの世界でも、音楽はもともと「口承」だった。それが後世になるべく正確に伝えるために便宜上「楽譜」というものが発明されることになるのだが、この「楽譜」というものほど曖昧なものはない。文字や記号は解釈する人の知識や感性によって変化するものだから。ゆえに100人いれば100通りの「答」が生まれる。そのどれもが正しい解釈であるといえるし、見方によっては「間違った」解釈だとも考えられる。作品が消えてしまうというリスクはあるにせよ、口から口に伝えてゆくという方法が実は一番堅実で「正しい」のかもしれないとチーフタンズの音楽を聴きながら思った。

僕はもちろんアイルランドには行ったことがない。それでも懐かしさを覚える音楽が続く。どこかで聴いたメロディもある。ラスト・ナンバーの民謡”The Rocky Road To Dublin”はThe Rolling Stonesとのコラボだが、”(I Can’t Get No) Satisfaction”の例の有名なギター・リフが木霊する。嗚呼、癒される・・・。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
家や車では、CDを聴くよりFMを聴くほうが楽しい場合が多々あります。その際、音質はあまり問いません。どんな音楽が掛かるか、どんなトークが飛び出すか分らないところがいいです。特に車ではCDを聴いていても、すぐ予定調和な気持ちになり、飽きてきます。電波が安定して受信できるエリア内では、FMラジオを聴くほうが楽しいです。
ピーター・バラカン氏のDJによる「ウィークエンド・サンシャイン」、楽しくて勉強になりますよね。9:00からの、ゴンチチによる「世界の快適音楽セレクション」の心地よいユルさと好一対ですね(笑)。両方好きです。
今日もまた、ご紹介の音盤については未聴で、語れませんが、アイルランド出身というと、エンヤを思い出したりもします。
それと、エレキギターで通常のEADGBE(ミラレソシミ)を変え、ジミー・ペイジなどが多用する、アイリッシュの変則的調弦「DADGAD」(レラレソラレ)が思い浮かびます。
http://www.guitarholic.com/solo/solo22.html
やはり、明らかに西洋音楽とは外れたエキゾチックな効果を狙っていますよね、ジミー・ペイジは・・・。
>音楽はもともと「口承」だった。
同感です。民謡など伝統音楽の五線譜での完璧な採譜は、厳密には不可能です。
>文字や記号は解釈する人の知識や感性によって変化するものだから。ゆえに100人いれば100通りの「答」が生まれる。
おっしゃるとおりです。早い話、岡本さんと私とでは、「アレグロ・コン・ブリオ」(快速に・陽気に、活気を持って)のテンポ感は違うでしょうし、時代、ターゲットにする聴衆の年齢層、会場の音響特性、もっと言えば当日の天気によっても、「アレグロ・コン・ブリオ」の表現は変化しなきゃ嘘です。メトロノーム「四分音符=oo」と指示があったって、例えば一般道で80キロで飛ばしている感覚と、高速道路で80キロで走っている感覚は異なります。音楽は周りとの相互作用なので、交通法規(楽譜)を100パーセント完璧に遵守するバカ正直な運転と、自然に流れに乗る快適な運転とは、違って当然ですね。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>特に車ではCDを聴いていても、すぐ予定調和な気持ちになり、飽きてきます。電波が安定して受信できるエリア内では、FMラジオを聴くほうが楽しいです。
確かにおっしゃる通りですね。最近は車に乗る機会が減りましたが、以前毎日のように乗っていた時は専らNHK-FMでした。
僕もゴンチチの番組を流れでついつい聴いてしまうときがありますが、あれも良い番組ですね。
>ジミー・ペイジなどが多用する、アイリッシュの変則的調弦「DADGAD」(レラレソラレ)が思い浮かびます。
そうそう、ジミー・ペイジがよくやってますよね。専門的には勉強不足でよくわかりませんが、間違いなくエキゾチックです。チーフタンズはおススメですので、機会ありましたら一度聴いてみてください。
>音楽は周りとの相互作用なので、交通法規(楽譜)を100パーセント完璧に遵守するバカ正直な運転と、自然に流れに乗る快適な運転とは、違って当然ですね。
良いことおっしゃいますね。さすがです!

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