あらためてヒナステラ

ginastera_cuarteto_latinoamericano.jpgいつものようにNHK-FMを何気なく聴いていたら、サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルによるエルガーの「エニグマ」変奏曲から第9変奏『ニムロッド』が流れてきた。ちょうど昨晩、同じエルガーの名作チェロ協奏曲を、ジャクリーヌ・デュ・プレがバルビローリ卿とプラハで協演したライブ録音を聴きながら眠りに就いていたものだから、何だかシンクロしているようで、少しばかり感激した。

そういえば、先月は「早わかりクラシック音楽講座」でホルストの組曲「惑星」を採り上げたからイギリス音楽を意識してよく聴いたからか、こうやって何となく耳にしてみると、大英帝国の何とも高尚で、かつ霧がかった(ぼんやりした、はっきりしない)独特の美しさが大変心地良く、英国音楽についてももう少し積極的に深く聴いてみたいとあらためて思った次第。

今朝、ぶらりと茨城県古河市まで足を延ばした。新宿から湘南新宿ラインで1時間ほどだから、あっという間である。ここ数年通勤に電車を利用していないためか、久しぶりに車中で読書をした。電車の中で本を読むという行為は不思議に集中できる。特に、今日のような時間帯に宇都宮方面の直通電車はほとんど空席状態で、人ごみに邪魔されることもなくとても気持ちよく書籍に目を通すことができた。

時折、あてもなく散歩をする。初めて訪れる土地の場合、そこに着いてみてからどうするかを決める。たった1時間ほどだが、駅周辺を散歩した。東京とまた違い、整った町並みの中に古びた民家やお店が建ち並ぶ。そういう外装のいかにも古いお店の前を通るとタイム・スリップしたかのような気持ちが湧き上がる。ちょうど車中ではレヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」を夢中になって読んでいた。1930年代にかの思想家がほとんど未開の地に近かったであろう「ラテン・アメリカ」を旅して見聞したことが見事な筆致で語られており、文明というものがもたらした「功罪」についてあらためて深く考えさせられる。

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西洋のこの偉大な文明は、われわれが享受している数々の素晴らしいものを創りだしはしたが、しかしその陰の部分を生むことなしにはそれに成功しなかった。西洋文明の生んだ最も高名な作品―窺い知ることのできない複雑さで、さまざまな構造が入念に組み合わされている原子炉―の場合のように、西洋の秩序と調和は、今日地上を汚している夥しい量にのぼる呪われた副産物の排泄を必要とするものなのである。旅よ、お前がわれわれに真っ先に見せてくれるものは、人類の顔に投げつけられたわれわれの汚物なのだ。

実際、コロンブスの新大陸発見、その後のヨーロッパ列強による植民地支配についての僕らの持つ知識は、教科書で習ったあくまでヨーロッパの観点から見たものであり、先住民族側からの見識ではない。相手側からみたら、これはまさに「侵略」のようなものだろうし、そこには到底信じられないような「事実」がもちろんあるのだろうけど・・・。

とはいえ、そうやって文化が交わったことで、芸術などは一層幅が広がったのだろうといえるし、20世紀ブラジルの大作曲家ヴィラ=ロボスの名作群などは、そういうことがなければ「生まれえなかった」のだろうから、まぁよかったとも思え、賛成も反対もできないところが何とも居心地悪い。

「悲しき熱帯」を読みながら、「ブラジル風バッハ」などが頭の中で鳴り響いたりしたが、帰宅後何となくヒナステラの弦楽四重奏曲を取り出して聴いてみた。

ヒナステラ:
・弦楽四重奏曲第1番作品20
・弦楽四重奏曲第2番作品26
・弦楽四重奏曲第3番作品40
クァルテート・ラティーノ・アメリカーノ

西洋文明と南米文明の交差、そして混沌と調和が混在する4つの弦楽器による「対話」。レヴィ=ストロースはこういう音楽を聴いて何を思うのだろうか・・・。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
私が大学を卒業して社会人になった1980年代半ば、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンを始めとするラテンアメリカ諸国の、当時深刻だった累積債務問題についての原因や処方箋についての議論が盛んでした。
ごく簡単に言えば、
①ラテンアメリカの人達は勤勉な北米のプロテスタント系白人主体ではなく、享楽的な、カトリック系、ラテン系の人たちが多い。
②彼らは豊富な天然資源に恵まれた国に住んでおり、国家財政が大赤字でも、いざとなったらそれらの天然資源を牛耳っている限り、何とかなると考えている。考えが甘い!
③マネジメント能力に優れた日本人は、彼らのそうした勘違いを正し、教育する必要がある。
といった論調だったと思います。
ところが、ところが、その何十年後、今や日本人はすっかりお金に疎くなり、日本は、当時のラテンアメリカ諸国どころではない、世界でも有数の借金大国になってしまいました。天然資源を持っていない分、より危機は深刻です。
※参考nikkei BPnet《大前研一の「産業突然死」時代の人生論》「絶壁の真上に近づいてもお金に疎い日本人」(2010年5月12日付)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100512/225392/
私の属する鉄鋼業界なども、ブラジルのヴァーレ、英豪系のBHPビリトン、リオ・ティントの独占的な資源大手三社に、鉄鉱石価格ですっかり言いなりです。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100517-00000001-diamond-bus_all
レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」、面白そうですね。
>教科書で習ったあくまでヨーロッパの観点から見たものであり、先住民族側からの見識ではない。相手側からみたら、これはまさに「侵略」のようなものだろうし、そこには到底信じられないような「事実」がもちろんあるのだろうけど・・・。
同感です。
しかし、レヴィ=ストロースが論客として活躍していた時代から時は移り、今や南半球の北半球への逆襲は猛然と始まっています。ラテンアメリカ諸国も、もう昨日までのラテンアメリカ諸国ではありません。
さて、絶体絶命の日本の次の一手は? 俄然面白くなってきました。
ヒナステラ、私は以前ご紹介いただき購入した、津田理子様のCDをひたすら愛聴しております。本当に生き生きとして且つ美しい、素晴らしい名演です。ありがとうございました。本日ご紹介のCDも未聴なので、聴いてみたいです。 

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
198年代中ごろは確かにおっしゃるような様相でしたね。ただ僕の場合、ちょうど大学生ど真ん中で、日々ぼーっと過ごしており(笑)、そういうことをまったく真剣には考えておりませんでした。
大前さんの記事、勉強になりますね。ありがとうございます。
どうすればいいんでしょうね?そのあたり明確な「答」がわかりません。まさに「俄然面白くなってきました。」ですね。
>鉄鋼業界なども、ブラジルのヴァーレ、英豪系のBHPビリトン、リオ・ティントの独占的な資源大手三社に、鉄鉱石価格ですっかり言いなり
なるほど、業界情報というのは外にいる人間にとってはあまりよく知らないことばかりなので、こちらも勉強になります。
>どうする、俺?
いざとなったらヴィオラでいきましょう!!(笑)

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