どうせすぐにまた寒くなるんだろうけれど、今日は「春到来!」というような気温。気持ちいい。
ヘンゼル一家がイタリアを旅して、「風光明媚」を味わい愉しみ、ファニーがその経験からいくつかの作品を生み出したのは1840年から41年のこと。暗く鬱蒼としたドイツからアルプスを越え、イタリア、特にローマの風景の明るさにファニーは何を感じたのだろう。この時に書かれた日記や音楽作品からは長年夢見た地に足を踏み入れたことへの感動と感謝がとても素直に感じとれる。本当にウキウキ気分だったことがわかる。そういえば、真冬に今日のような暖かい日があると心が少々浮ついてしまうけれど、きっとこんな気持ちだったのだろう(笑)。
ちょうど同じ頃、ロベルト・シューマンはクララとの結婚がようやく認められ、まさに「春が来た」という思いだったのだろうか、1840年は「歌の年」、1841年は「交響曲の年」と後に呼ばれ、後世に残る数多くの名作を書き上げた。
もちろん当時から精神的な「弱さ」というのはあったのだろうけれど、そういうものを微塵も感じさせない「自信」に溢れた傑作群(厳密にはシューマンらしい不安定さはどの作品にもあるのだけれど)。そこにはクララへの想い、愛があり、現実主義者だったロベルトの作曲家としても世の中から認められ、いよいよ自立できることへ喜びが感じられる。
「交響曲の年」に書かれた「春」と称される第1番と、後になって改訂を施され出版される第4番と呼ばれるニ短調のシンフォニー。どちらも覇気に満ち、そしてロベルト・シューマンらしい「革新」に溢れている。
僕が初めて「春」の交響曲を聴いたのは高校生の頃、例によってフルトヴェングラーがウィーン・フィルを振って演奏した実況録音盤にて。ニ短調の方もそうだけれど、このレコードは本当に繰り返し擦り切れるほど聴いた(かのアナログ盤はすでに処分済みなので手元にないことが真に残念無念)。
シューマンがアドルフ・ベットガーの春の詩からインスピレーションを受けたことから「春」という名がつくが、タイトルはある意味名ばかり。特に、このフルトヴェングラー盤で聴くと、いかにも当時の混沌とした、そして暗鬱なドイツの状況を表現しているかのようで、しかも幸福の絶頂にいながらいずれ近い将来作曲者を襲う精神疾患の兆しが暗示されるようでだいぶ重い。
第1楽章再現部の「確信」に僕はいつも舌を巻く。楽曲の「出来」もそうだけれど、ここはやっぱりフルトヴェングラーの独壇場。第2楽章はもともと「夕べ」という標題を持っていたが、ここではロベルトのクララへの想いが具に表現される。そう、未来に向けての活気と希望と(否、そういうものにというよりすがっているのかも)。以下はシューマンがインスピレーションを得たというベットガーの詩。
おんみ霊の霊よ、重く淀んで
海山をこえて脅かすように飛ぶ
おんみの灰色のヴェールはたちまちにして
天の明るい瞳を覆う
お前の霧は遠くから湧き
そして夜が、愛の星を包む
おんみ霊の霊よ、淀み、湿って
私の幸せすべてを追い払ってしまった!
お前は顔に涙を呼び
心の明かりに影を呼ぶのか?
おお、変えよ、おんみの巡りを変えよ―
谷間には春が花咲いている!
~「シューマニアーナ」(前田昭雄著)から引用
これはロベルト・シューマンの切なる願いにも通じるのでは。彼はすでに精神的には異常を来しつつあった。クララとの結婚生活で「苦しい状況」から抜け出せると信じていたのでは・・・。
フルトヴェングラーによるセザール・フランクのシンフォニーも素晴らしい。これについてはいずれまた書く機会があるだろう。