変ホ長調マジック

mozart_schumann_asahina_njpo.jpgモーツァルトの最晩年の3つの交響曲のうち、最初の作品第39番変ホ長調は他の2作に比べ、多少軽んじられる傾向にあるように思う。あまりに明朗で、かつ古典的均整のとれたフォルムであることが一種誤解を生んでいるのだろうが、聴いていて実に心地良く、しかも宇宙的な拡がりを感じられるところがある意味「ジュピター」以上で、大袈裟だが「生きていることの喜び」を謳歌できることが何より素晴らしい。何だか死を目前にしたモーツァルトは無意識にこの変ホ長調シンフォニーを世に送り出したくて書き始めたところ、それをきっかけに陰陽、喜怒哀楽すべての感情が奔出し、結果3ヶ月でスタイルのああも違う音楽を書かねばならなかったのではないかと思えるのである。

先日、ベートーヴェンの「エロイカ」シンフォニーをクラシック講座で採り上げた際、楽聖はモーツァルトの第39番を下敷きにしたのではないかという推測があることを知り、なるほど確かにそうかなと思え、ますますこの音楽の偉大さをあらためて感じた。

ワーグナーは「器楽のもつ『歌う』という表現の可能性を頂点にまで高め、それが無限の憧れの中にある底知れぬ深みを捉えるまでにした」と讃えているということらしい(朝比奈&新日本フィル盤の解説より)が、この美しくも純白な響きの世界を「深み」を持って表現している指揮者はさほど多くないようにも思う。

僕は87歳の朝比奈隆が東京で演奏した実演に触れているが、今から思うと、およそモーツァルトの型とはかけ離れた朝比奈流の重心の低い表現で、それがまたワーグナーの言う「無限の憧れの中にある底知れぬ深み」を伝えており、異常に(?!)感動したことを思い出す。

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K.543
シューマン:交響曲第3番変ホ長調作品97「ライン」
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1995.10.20Live)

朝比奈先生の「ライン」を聴いていて、そういえばこの音楽はシューマンがちょうど青年ブラームスに初めてあった頃に書かれたものなんじゃないかと考えた(よくよく調べると青年と出逢う3年前のことだ)。シューマンはブラームスの恩師であるが、妻クララをめぐっては複雑な関係にあった。それでもブラームスは師を一生涯尊敬していただろうゆえ、彼の音楽には当然シューマンの音楽が木霊して聴こえることが多い(ブラームスの同じく第3交響曲は「ライン」交響曲の影響を受けているように思う)。ブラームス好きの僕が最初にはまったシューマンのシンフォニーはこの「ライン」だった。滅多に聴くことはないが、今でもシューマンの交響曲中では「ライン」が最高傑作だと僕は考えている(この日の朝比奈先生の音楽作りも最高だった)。

モーツァルトとシューマンの変ホ長調シンフォニーをカップリングするコンサートって意外に少ないんじゃないだろうか・・・。朝比奈先生がどういう想いでプログラミングしたかは不明だが、いっそのこと間に「エロイカ」交響曲を挿んで「変ホ」の世界を表出すると、吃驚するような「宇宙規模」のコンサートが開けるんじゃないかな・・・。時間的制限という意味でコンサートでは無理だろうが、せめて時間のある時にこの3つを並べて堪能すると見事に元気になる(ような気がする)。

「変ホ長調」マジックとでもいおうか・・・。


12 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ベートーヴェン「エロイカ」でのホルン3本の謎、及び第1楽章コーダ後半でトランペットのテーマが消える謎について、有力な仮説を発見できましたことは、私にとりまして、このブログでのコメントのやり取りのでの最大の成果のひとつです。心から感謝しております。
ベートーヴェンの交響曲は、「エロイカ」を除く第1番~第8番まではホルン2本、第9はホルン4本です。普通の管弦楽作品は、ホルン・セクションは偶数でのチームなのに、「エロイカ」だけがホルン3本であるという疑問は、ヴィオラでのこの曲の演奏参加体験でも気付くことはありませんでした。ホルン三重奏とフリーメイスンとの関係については、本当に天下の大発見かもしれません。
第1楽章コーダ後半のトランペットで、アーノンクールが言う、馬上の「英雄ナポレオン」は突撃の最中に砲弾が命中し、落馬・戦死(=Tpの中断)、その死を悼んで葬送行進曲が続き、軍を率いる英雄に代わって、新たな人間の世界を象徴するプロメテウスがとって代わるという説に、ホルンをプロメテウスの象徴(フーリーメイスンの知恵=3=第3楽章ホルン三重奏=「フランス国民軍」)としたというストーリーが加わると、この曲の聴き方、イメージは、ずいぶん変わると思います。
※少し現代社会との関係を考える上で、細川一彦氏のブログを紹介します。勉強になります。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/10e8e06e719257987833d54ad0017783
以前ご紹介の朝比奈隆&ベルリン・ドイツ交響楽団(1989)の「エロイカ」のCD、買って聴きました。最高でした。ご紹介のモーツァルトとシューマンも名演ですね。
変ホ長調、吹奏楽では、ごく普通の調みたいですね。あえて「エロイカ」でホルンと対抗したトランペットの変ホ長調名曲のSACDを・・・。
・ハイドン:トランペット協奏曲変ホ長調
・フンメル:トランペット協奏曲変ホ長調
・ネルーダ:トランペット協奏曲変ホ長調
ティーネ・シング・ヘルセス(トランペット)
ノルウェー室内管弦楽団
テリエ・トネセン(指揮)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2657569
半分ジャケ買いでしたが(笑)、演奏もじつに美しかったです。

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雅之

吹奏楽で数多い「変ホ長調」名曲の代表といえば、
「星条旗よ永遠なれ(The Stars and Stripes Forever!)」です。
http://www.youtube.com/watch?v=h9nbSgzMfcM
「アメリカでのフリーメイスン会員数はアメリカが世界最大。アメリカの建国にたずさわったベンジャミン・フランクリンもジョージ・ワシントンもフリーメイスンであり、歴代アメリカ合衆国大統領のうち、ワシントンを含めて14人が会員となっていた」とか、
「ニューヨークの自由の女神像はフランス系フリーメイソンリーとアメリカ系フリーメイソンリーの間に交わされた贈り物という側面もあり、台座の銘板にはその経緯と紋章がきざまれている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3
とか、
こちらにもいろいろ興味が尽きませんね。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
>ホルン三重奏とフリーメイスンとの関係については、本当に天下の大発見かもしれません。
そうですね、これは大発見だと僕も思います。細川氏のブログのご紹介ありがとうございます。勉強させていただきます。
>朝比奈隆&ベルリン・ドイツ交響楽団(1989)の「エロイカ」
聴かれましたか!!最高ですよね!!
>トランペットの変ホ長調名曲のSACDを・・・。
>半分ジャケ買いでしたが(笑)
そのお気持よくわかります(笑)。
>「ニューヨークの自由の女神像はフランス系フリーメイソンリーとアメリカ系フリーメイソンリーの間に交わされた贈り物という側面もあり、台座の銘板にはその経緯と紋章がきざまれている」
これも興味深いですよね。我々が知らない、アンダーグラウンドの世界は本当に面白そうです。
>鳩山さんが最終的に沖縄より日米同盟を重視したことも関係ある?
フリーメイソン、というかユダヤとの関係は根深くありそうですね。「真実」を知りたいものです。

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雅之

こんばんは。
更に、以前話題にしました、ベートーヴェンが「エロイカ」第1楽章で引用した(パクった)、モーツァルト12歳の時作曲のオペラ「バスティアンとバスティエンヌ」K.50について考えました。
「台本は、18世紀フランスの大思想家ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)が作詞・作曲した歌劇「村の占師」(1752年)にもとづき、アルニー・ド・ゲルヴィルとファヴァール夫妻が共作したパロディ《バスティアンとバスティエンヌの恋》を、ヴァイスケルンが自由にドイツ語に翻訳したもの」
「登場人物は、羊飼いの少女バスティエンヌ(ソプラノ)とその恋人の少年「バスティアン」(テノール)、そして魔法使いの「コラ」(バス)の3人だけ」
「歌の間に自然体のせりふが加えられた「ジュングシュピール(歌芝居)」で、これは、以後、「後宮よりの逃走」を経て「魔笛」へと続く」
以上のような事実から、新たな推理が可能ではないでしょうか?
(何かが見えてきませんか?・・・笑)
周知のように、フランス革命は、ルソーらのフランス啓蒙思想に触発されて始まったと言われていますし、彼もフリーメイスンと密接に関わりがあったとも言われています。
やはりベートーヴェンが「エロイカ」で「バスティアンとバスティエンヌ」K.50を引用したのも、何らかの明確な理由・意図があったと考えるほうが自然ではないでしょうか?
※以下、今回コメントで、基本データを参考にさせていただいたサイトです。
http://www.mirai.ne.jp/~nal/mozart_K50.htm
http://www2s.biglobe.ne.jp/~yamahome/bastean1.htm

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
なるほど、新しいですねぇ。フリーメイスンを軸に考えるといろんなことが腑に落ちてきますね。
ありがとうございます。

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雅之

続・モーツァルト12歳の時作曲のオペラ「バスティアンとバスティエンヌ」K.50について、舞台設定
「時と所 17世紀頃。コルシカ島内、ハスティアの村」
ナポレオン・ボナパルトについて
「1769年、コルシカ島のアジャクシオにおいて、父カルロ・マリア・ブオナパルテ(フランス名シャルル・マリ・ボナパルト)と母マリア・レティツィアの間に、夭折した子供を除く8人の子供のうち2番目として生まれた」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%8A%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%88
コルシカ島について
「コルシカは1755年、独立運動の指導者パスカル・パオリを首班とする独立政府を樹立し、コルシカの国歌や国旗、憲法、通貨や大学、徴兵制など近代国家の原型ともいえる制度も創出して行き、1769年、フランス軍とコルシカ軍との間で戦争が始まった。バスティア南郊のボルゴの戦いではコルシカ軍はフランス軍を駆逐したが、同年5月のポンテ・ノーウ(ポンテ・ヌオーヴォ)の戦いでは、フランス軍の圧倒的兵力の前にコルシカ軍は敗れ去り、パオリは英国に亡命する。これ以降島はフランス領になり、ナポレオンは義兵を率いてコルシカ独立を目指した反乱を起こすもフランス軍に敗北し、その上事前に察知していたナポレオン一家は既に島を出ていたものの帰国したパオリによってナポレオン家は焼き討ちにされた」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%AB%E5%B3%B6

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雅之

おはようございます。
昨夜、その後も「エロイカ」についてネットで調べていて、次のような示唆に富んだ、素晴らしい文章が載ったサイトに廻り合いました。
「よみがえるベートーヴェンの世界 交響曲が語る現代の肖像」(藤原 實氏 著)
http://www.mumyosha.co.jp/ndanda/08/beethoven03.html
時の英雄は、人々の好奇心と称賛を浴びながら凱旋する。晴朗に鳴り響く三本のホルンは、新時代を象徴する「自由」「平等」「友愛」の三つの精神を奏で、ハーモニーとなって木霊する。この三本のホルンには序列がなく、まさに三つの精神を融合したとき、英雄への憧憬は希望の調べに変わる。この三つが組み合わされて初めて希望は和解の手を差し伸べるのである。・・・・・・
(中略)
・・・・・・一七九三年五月三一日にパリの民衆は議会を包囲し、六月二日にはジロンド派の二九人の議員が追放された。下野したジロンド派は地方都市に勢力を置き連邦主義を画策し、反革命勢力と呼応して、国内にはいくつかの拠点が形成されていた。トゥーロンもその一つであった。これをイギリス、スペイン艦隊が支援しており、フランス軍はその攻略に難行していた。同年一二月にこれを攻囲し、敵艦隊を撃退したのがナポレオンである。若くしてフランスの次代を担う一将校は、コルシカ島生まれの異邦人であった。その父の代に貴族に叙されたものの、フランス貴族の虚栄に染まらず颯爽と登場した青年将校に、ベートーヴェンは瞠目しながら、同世代の共感を覚えたことだろう。
 ルソーが社会契約論のなかで「ヨーロッパには、立法可能な国がまだ一つある。それは、コルシカの島である。この人民が彼らの自由を取りもどし守りえた、勇敢不屈さは、賢者が彼らにこの自由をながく維持する道を示すに値するであろう。わたしは何となく、いつかこの小島がヨーロッパを驚かすであろうという予感がする。」(社会契約論第二編第十章)と述べている。コルシカは、ジェノヴァ共和国の支配に抵抗して、民族独立運動を展開し独立政府を樹立する。その指導者パスカル・パオリの下に副官としてともに闘ったのが、ナポレオンの父シャルル・ボナパルトであった。父シャルルはその後フランスに接近し、貴族身分を許されてコルシカ貴族の代表として、アジャクシオの裁判所に勤めることになる。
 独立政府はルソーに「コルシカ憲法草案」の起草を依頼したが、これが出来上がらないうちに、ジェノヴァ元老院は一七六八年五月、フランスにコルシカを売り渡してしまう。民族独立運動の相手はフランスに移り、一七六九年にショーヴラン伯爵に率いられたフランス軍の上陸により、独立運動は頓挫する。この同じ年の一七六九年にコルシカに生まれたナポレオンは、一七七九年にフランス国王の給費生としてシャンパーニュのブリエンヌ兵学校に入学し、ついで一七八四年にはパリ士官学校に移る。卒業後、南フランスのヴァランスにラ・フェール砲兵連隊の配属となり、十六歳で少尉に任官された。この後コルシカとフランスを行き来しながら、ナポレオンはコルシカ史の執筆にとりかかっている。フランス革命時には、延べ二年余りにわたって断続的にフランスを留守にした。コルシカの独立に情熱を傾けるナポレオンにとって、フランス革命はまだ異邦人から見た他国の事件であった。・・・・・・(以下略)
なお、昨夜は佐伯茂樹氏著〈名曲の「常識」「非常識」〉(音楽之友社 2002年)も読み返していました。ここにも、いろいろなヒントがありました。例えば、
・・・・・・今回登場したモーツァルトやベートーヴェンらは、実に繊細に楽器の持つ概念を描き分けた作曲家たちだ。とりわけモーツァルトの《魔笛》は、トロンボーン、クラリネット、バセットホルンという楽器に、それぞれ「超人的存在」「愛」「フリーメイソンの儀式」などの概念を象徴させており、必要でない場面にはまったく登場させないという徹底ぶりである。・・・・・・(P32)
といったところなどは、その、ほんの一端です。
もちろん、バセットホルンとホルンは異なる木管楽器ですが、楽器の違いによる描き分けという点で、「エロイカ」でのトランペットとホルンは、「魔笛」に負けず劣らず、これほど分かりやすい例はないと思います。
とにかく、往年のほとんどの大指揮者達の、第1楽章コーダ後半トランペットに旋律を吹かせる改変は、作曲者の意図とは180度反していたことだけは決定的です。当時の楽器でもちゃんと吹けたのに、ベートーヴェンは、あえて後半旋律を吹かせないように書いているのですから・・・。

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雅之

正誤表
×アメリカでのフリーメイスン会員数はアメリカが世界最大
○フリーメイスン会員数はアメリカが世界最大
×バセットホルンとホルンは異なる木管楽器ですが
○バセットホルンは、ホルンとは異なり木管楽器ですが
なお、今回はベートーヴェンに熱中するあまり、大好きなシューマンや朝比奈先生のことを、ほとんど無視する結果となりました。
心からお詫び申し上げます(笑)。

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岡本 浩和

雅之様
おはようございます。
「バスティアンとバスティエンヌ」の舞台設定はコルシカ島だったんですね!詳細な検証ありがとうございます。勉強になります。
「よみがえるベートーヴェンの世界 交響曲が語る現代の肖像」(藤原 實氏 著)という書籍、興味深いですね。
音楽というのは時代背景や土地、あるいは当時の音楽的状況など、様々な要素について知れば知るほど、いろいろなことがわかり本当に面白いですね。「エロイカ」と「バスティアン」の話からここまで話が膨らむとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。
>往年のほとんどの大指揮者達の、第1楽章コーダ後半トランペットに旋律を吹かせる改変は、作曲者の意図とは180度反していたことだけは決定的です。
ということなんですね・・・。先日の講座でここまで話ができれば面白かったのですが、残念ながら突っ込み不足でした(涙)。重ね重ねありがとうございます。

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