日中は3月中旬の陽気だったという。
「春眠暁を覚えず」ではないが、何とも言えぬ気怠さは天気のせいだったのかもしれぬ。
10年ぶりに改訂された「広辞苑」で、新しく盛り込まれた「LGBT」の説明が不正確だと物議を醸しているらしい。こうやって今では辞書に載るほど多様な性の志向が認知されているけれど、ほんの数十年前まではどちらかというと差別の対象だったのだから、世の中の風潮というか、すべては人間の思考の産物、つまり概念であり、また幻想に過ぎないのだとあらためて思う次第。
レイモン・ラディゲを片手にフランシス・プーランク。
本能はわれわれの案内人だ。しかもわれわれを破滅に導く案内人だ。昨日は、マルトは自分の妊娠が僕たちの仲を疎遠にしはしないだろうかと恐れていた。ところが今日は、これまでにこれほど僕を愛したことのない今日は、僕の愛情も自分の愛情と同じように深くなったものと信じていた。ところで僕の方だが、昨日はこの子供を拒んでいたのに、今日は、マルトに対する愛情を割いてこの子供を愛しはじめていた。ちょうど、僕たちの関係ができた当初、僕の心が、他の連中から割いたものを彼女に与えてやったように。
~ラディゲ/新庄嘉章訳「肉体の悪魔」(新潮文庫)P129
短絡的にゆれ動く人間の思考や感情などというのは当てにならぬもの。
破滅に導くのかどうかはわからないけれど、確かに本能こそが僕たちの案内人なのだと思う。
プーランクの音楽には、本能を刺激する温かさがある。旋律も極めて優しくとっつきやすい。何と伸びやかな音楽なのだろう。
あの同盟(若きフランス)の前には、5人のロシア人(五人組)とフランスの「六人組」がいた。「五人組」は重要な存在だった。祖国の民謡の美しさを再発見しようとしたからだ。ロシアの民謡には称賛に値する要素がある。彼らは自分たちのためにそれを発見し、真にロシア的な音楽を書く段階へと進んだ。私たちには同じことはできない。私見では、フランスや英国、ドイツの民謡は十分に興味を引くものとは言えない。ロシアでは民謡は輝き渡っており、労力をかけるに値する。その観点からは「五人組」には大きな意味があった。「六人組」は何よりも友情から結びつき、彼らが主張しているように、ジャン・コクトーの思想を取り巻いて再結集した。美学的に言えば、だ。
~アルムート・レスラー著/吉田幸弘訳「メシアン―創造のクレド 信仰・希望・愛」(春秋社)P134-135
オリヴィエ・メシアンのこの言葉通り、「六人組」は音楽そのものより友情でつながっていた。なるほど、彼らの音楽に底流する「優しさ」の源泉は友情の絆なんだと思う。中でもプーランク!!
プーランク:
・ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1949改訂版)FP119(1991.6.5-9録音)
フランク・ペーター・ツィンマーマン(ヴァイオリン)
アレクサンダー・ロンクィッヒ(ピアノ)
・チェロとピアノのためのソナタ(1953改訂版)FP143(1971.11.29&30録音)
ピエール・フルニエ(チェロ)
ジャック・フェヴリエ(ピアノ)
・ピアノ、オーボエとバスーンのための三重奏曲FP43(1964.1.21録音)
ロベール・カジエ(オーボエ)
ジェラール・フザンンティエ(バスーン)
ジャック・フェヴリエ(ピアノ)
・六重奏曲(1932、39/40改訂)FP100(1964.1.20録音)
ジャック・フェヴリエ(ピアノ)
ジャック・カスタニエ(フルート)
ロベール・カジエ(オーボエ)
アンドレ・ブータール(クラリネット)
ジェラール・フザンディエ(バスーン)
ミシェル・ベルエ(ホルン)
・ギターのためのサラバンドFP179(1967.12.27録音)
オスカル・ギリア(ギター)
・ヴァイオリンとピアノのためのバガテルニ短調FP60(1998.4.7-8録音)
ダヴィッド・グリマル(ヴァイオリン)
エマニュエル・ストロッセ(ピアノ)
自らの内なる悲哀を音に乗せ、しかもそれを陽気で愉快な音調に仕上げたプーランクだが、例えば、「六重奏曲」第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェでの言葉にし難い退廃的な響きは、まるで作曲家の本音を(赤裸々に)聞かされているようでとても切ない。また、わずか2分にも満たない「ギターのためのサラバンド」についても然り。この直接的な悲しみは果たしてどこから生じるものなのか?プーランクの本来的な性癖の、世間から受容されなかったであろう抑圧から来るものなのかどうなのか。あるいは、弾けるバガテルの内なる剽軽さに作曲者の道化を思う。
フルニエ&フェヴリエによる憂えるチェロ・ソナタは絶品(特に第2楽章カヴァティーナ!)。
ジャン・コクトーは、わずか20歳で急逝したラディゲの死に際し、衝撃のあまりその後長い間阿片に浸ることになったのだという。
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