イェスタ・ヴィンベルイのワーグナー アリア集(1995.9録音)を聴いて思ふ

音楽はまったく時間泥棒である。
情熱のある若いときに十分な時間をとって聴き込んでおかないと、真髄を味わうまでの域にはなかなか届かないだろう。マーラー然り、ブルックナー然り。しかし、一番手強いのはワーグナーだ。

実演ならまだしも、もはや音盤で楽劇を通しで聴く物理的時間も精神的余裕もない。
しかし、ワーグナー音楽そのものには触れていたいという欲求は常にある。
ワーグナーの作品ほど賛否両論ある音楽はない。しかし、彼のイディオムが後世に与えた影響は計り知れない。

そのうち魔術師とでも知り合いになりたいものだ。わたしには魔術がわかるからね。ときどき、たとえば一定の条件さえそろえば、途方もない空間さえも飛び越えられそうな気がすることがある。それに、そもそもわたしの音楽作りは一種の魔術だ。機械的に、落ち着いて音楽を書き進めることなど、とてもできやしない。だからバッハの5声の作品のソプラノ記号でさえ、気に障れば変えてしまいたくなる。その一方で、神がかりのような状態に陥れば、一点の揺るぎもない、みごとな声部進行を紡ぎ出せる。その正確さたるや、まるで機械から出てくるようだ。それでも、落ち着いて、というのは何にせよ無理だな。
(1871年11月19日日曜日)
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記3」(東海大学出版会)P31

リヒャルト・ワーグナーの、妻コジマとの対話の中で交わされた言葉は、彼がやっぱり宇宙人だということを示すよう。おそらく彼は時間も空間も優に飛び越えられたのだと思う。

今や時間のとれないときに、それでもワーグナーを聴きたいときに取り出すのは、抜粋盤、ないしはアリア集。イェスタ・ヴィンベルイの歌唱が想像を絶する素晴らしさ。

・歌劇「リエンツィ」~第5幕「全能の父よ、見そなわせたまえ」
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第1幕「冬のさなかの静かな炉辺で」
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~第3幕「朝の光はバラ色に輝いて」
・歌劇「ローエングリン」~第3幕「快い歌声は消えて」
・歌劇「ローエングリン」~第3幕「遥かな国に」
・歌劇「ローエングリン」~第3幕「愛しい白鳥よ」
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」~第2幕「アムフォルタス!あの傷だ!」
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」~第3幕「願いを叶える武器はただ一つ」
イェスタ・ヴィンベルイ(テノール)
ヘレナ・デーゼ(ソプラノ)
ジークフリート・ケーラー指揮スウェーデン王立歌劇場管弦楽団(1995.9.19-22録音)

冒頭、「リエンツィの祈り」から神々しい。
造形はスマートかつ颯爽としたスタイルで、しかし、内面は熱を帯び、思わず最後まで聴き込んでしまうという代物。

あなたが奇跡のごとく私にお与えくださった力を、
どうぞ今なお滅ぼさないでください!
あなたは私に強さと力を与えてくださった。
わたしに素晴らしい能力を与えてくださった。
井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集―《妖精》から《パルジファル》まで―第1巻」(水曜社)P144

そして、「マイスタージンガー」第3幕での、ヴァルターのアリアの色艶といい雄渾さといい、男性性と女声性が見事にひとつになる歌唱に舌を巻く。

バラ色の朝日のように明るく輝き、
満開の花の芳香を
大気に漂わせ、
筆舌に尽くしがたい
あらゆる喜びに満たされて、
花園は私を
客として招いてくれた。
~同上書P342

あるいは、「ローエングリン」第3幕「名乗りの歌」の、憧憬と哀感に満ちた荘厳な歌。

あなた方の足では近づくことのできない遠い国に、
モンサルヴァートという城があります。
その中央に明るい神殿が建っています。
この世では何ひとつ知られていないほど貴重な神殿です。
中には秘蹟を行った杯が、
最高の聖遺物として安置されています。
その聖杯は、最も純潔な人々によって守られるよう、
天使の軍勢によってもたらされました。
~同上書P263

極めつけは、「パルジファル」終幕の、救済の主パルジファル登場の場面。

役立つ武器はただ一つ、
傷を塞ぐのは、その傷をつけたこの槍のみ。
傷が治り、罪業から解放され、咎から解放されよ!
なぜなら貴殿に代わって私が務めを行うからです。
貴殿の苦しみに神の恵みがあるように!
貴殿の苦しみは、共に苦しむという最高の力と
最も純粋な知の力を、臆病な愚者に与えてくれました!
井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集―《妖精》から《パルジファル》まで―第2巻」(水曜社)P336

聖なる音楽が雄叫びを上げる。
ヴィンベルイ歌うパルジファルは、まるでワーグナーの化身のよう。
それこそ、一点の揺るぎもない、神がかり的状態だと言って良いのでは。

 

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