ワーグナーはやっぱり人を扇動する。
人間の心魂の根幹はエロスにあるのだと思った。
とにかく初めから終わりまで鳥肌が立ちっ放し。参った。
30年前、ロリン・マゼールが「指環」を編曲して、「言葉のない指環」というアルバムを作ったとき、とても感動した。あの4夜を要する重厚長大な「ニーベルンクの指環」が、良いとこ取りで実に70分ほどに収まっていたのだから。僕は繰り返し聴いた。
ピエタリ・インキネン指揮日本フィルの「言葉のない指環」は、颯爽と、また軽快に、60分強で締められた。何よりその推進力と、所構わず発散される色香に心震えた。余計な想像の余地すら与えない完全なるムジークドラマ。
ワーグナーの音楽は情景を見事に見せてくれる。下手な演出のない、しかも言葉すら排除された音楽のみの「指環」は、一つ一つのライトモチーフが手にとるように見え、音の大伽藍として僕たちの信仰心をも喚起した。宗教音楽以上に宗教的な「指環」の魔法。ワーグナーの巨大な素材が、マゼールのアレンジ能力と一体となり、極めて水準の高い、いわば交響詩として再生されるのだが、音楽の半分が「神々の黄昏」からの抜粋であり、特に終曲「ブリュンヒルデの自己犠牲」での、ハーゲンが「指環を放せ!」と叫ぶ直後の、管弦楽のみで奏されるシーンは本当に圧巻だった。
「ワルキューレ」第1幕からのパートでの辻本玲さんのチェロ独奏に痺れた。
「ジークフリート」から「森のささやき」での、杉原由希子さんのオーボエも、真鍋恵子さんのフルートも、また、伊藤寛隆さんのクラリネットも実に素晴らしかった。もちろんホルン独奏も見事だったが、一番はオッターヴィオ・クリストーフォリさんのソロ・トランペット!!楽器を超えたあまりの美しさ!!!良かった。実に良かった。文字通り言葉がない。
日本フィルハーモニー交響楽団
第699回東京定期演奏会
2018年4月27日(金)19時開演
サントリーホール
木野雅之(コンサートマスター)
辻本玲(ソロ・チェロ)
ピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団
・ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕前奏曲
・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第3幕前奏曲
休憩
・ワーグナー:言葉のない「指環」(ロリン・マゼール編)
久しぶりに聴いた「タンホイザー」序曲は、冒頭ホルン独奏から意味深く始まり、限りなく妖艶な旋律美と、中間の「ヴェーヌスベルクの音楽」の示す錯乱の色気の対比がとても素晴らしかった。男性性と女性性の交わりの音楽。インキネンの、ワーグナーへの尊崇の念がそこかしこから伝わってきた。
しかし、残念ながら、「ローエングリン」第1幕前奏曲の出来はいまひとつ。冒頭の静謐なる弦楽器の調べから波動が粗く、木管群に受け渡されるシーン、そしてクライマックスまでの崇高な音楽が、何とも俗っぽく響いたのは気のせいか。爆発的かつ金管群の咆哮がものを言う第3幕前奏曲はそれなりに良かったのだけれど。
なるほど、19世紀末、バイエルン国王ルートヴィヒが恋焦がれた理由がよくわかる。
また、ナチスの洗脳音楽として利用されたことは何とも皮肉だが、それももとを正せば、反ユダヤ主義を標榜したワーグナーのことゆえ。そういう危険な思想こそがワーグナーの魅力ともいえるのだ。人間的には最低だったといわれるが、リヒャルト・ワーグナーは間違いなく天才だ(ロリン・マゼールもたぶん天才なのだと思う)。
ワーグナーはやっぱり人を扇動、いや、幸せにする。
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