プレヴィン、キョンファ&トルトゥリエのメンデルスゾーン三重奏曲第1番ほか(1978録音)を聴いて思ふ

チェロの幻想的な音色。続いて絡むヴァイオリンの現実的な音。2つの弦楽器を支えるのが地に足の着いた堂々たるピアノ。ゆったりとしたテンポで主題が奏でられる様は、3人の名手たちの真骨頂。各々が独奏者として自立しながら、寄り合ったときのシナジー。
それこそ「三人寄れば文殊の智慧」と言うのだろう。

作曲者の幸福感があからさまの、第1楽章モルト・アレグロ・エダジタート。何という勢い、何という解放!!また、第2楽章アンダンテ・コン・モート・トランクイーロの甘さと優しさ。前面に出るピアノの調べが何とも愛らしい。

1839年に生み出されたメンデルスゾーンの傑作。
当時、精神的に最も満たされていた時期の大いなる発露。
第3楽章スケルツォは、明朗な舞踊だ。それでいて、どこか寂しくも暗い翳を髣髴とさせるのだから彼は天才。

それにも増して、ポール・トルトゥリエの閃きと、チョン・キョンファの謙虚な主張。
終楽章アレグロ・アッサイ・アパッショナートが弾ける。

・メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調作品49
・シューマン:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調作品63
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
アンドレ・プレヴィン(ピアノ)
ポール・トルトゥリエ(チェロ)(1978.12.11-12録音)

物言うメンデルスゾーン。(おそらくファニーとの共作であろう)全身全霊をかけたメンデルスゾーン。

そして、ロベルト・シューマンの内燃するパッション。この時期、すでに精神面で不安を抱えていたシューマンが、暗黒の情念を反映させた傑作三重奏曲。それは、リヒャルト・ワーグナーの、死と結びついた愛と相似。トルトゥリエの相変わらず雄弁なチェロ。キョンファの控えめな愛ある調べ。そして、プレヴィンのピアノの甘い囁き。

さてここで言って置かねばならぬことであるが、近代の人間が非常な憧れをもって見る、人間と自然との調和、否、統一は―シラーはこれを表現するために「素朴的」という術語を利用したが―われわれがいかなる文化の門口においても人類の楽園として出会わざるを得ないような、極めて単純かつ自然発生的な、いわば不可避的な状態では断じてないのである。かかることを信じ得たのは、ルソーのエミールをさらに芸術家としても考えようと努め、ホメロスのなかに、自然の懐に抱かれて育ったこのような芸術家エミールを発見したと妄想した時代のみである。われわれがおよそ芸術において「素朴的」なるものに出会うところ、そこには常にアポロン的文化の最高の作用のあることを、われわれは知らねばならない。
塩屋竹男訳「ニーチェ全集2―悲劇の誕生」(ちくま学芸文庫)P46-47

素朴的というのは余計な装飾がないということだ。
ただあるがままに奏される音楽に感動しないはずはない。
若きチョン・キョンファの挑戦を思う。

 

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