舟歌

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ショパンの舟歌作品60は、若い頃から愛聴する曲で、それこそ作曲家の死の数年前、ジョルジュ・サンドとの恋が破局を迎えようとする、そんな時期に書かれているにもかかわらず、ともかく透明で高貴で、いつ何時耳にしても新しい発見を与えてくれる、そう、インスピレーション、霊感に富んだ音楽だ。ルービンシュタインの有名な演奏や、フランソワの瀟洒で粋な節回し、あるいはリパッティのこれまた唯一無比と言える演奏を僕は長らく愛してきた。
愛知とし子が今度の日曜日、「五感の旅」というイベントで舟歌を演奏することになっているのだが、近頃頻繁にサロンでこの粋な音楽が流れてくることが嬉しい。もちろん練習のためなので時に腕を止め、推敲し、また途中からやり直す、などの繰り返しなのだが、どの瞬間も捨て難く、本当にヴェネツィアのゴンドラに乗っているのではないかと錯覚まで起こさせてくれる。貴い音楽だ。
水面に反映する光の玉がきらきらと揺らめく様を表すようなピアノの音色。水の都の川べりから恋人たちの愛の語らいが聴こえる・・・。

同じ舟歌でもチャイコフスキーのそれは哀しく切ない。白夜の季節のロシアの川に戯れるのは別れ間近の恋人たちなのか・・・。リヒテルの引きずるようなテンポの演奏が「哀しみ」に輪をかける。

浜辺で波を我々の足で 愛撫しておくれ
輝く星は我々に 悲しく密やかな挨拶をおくる・・・
~プレシチェーエフ

リヒテルの詩情2
チャイコフスキー:「四季」作品37bより
ラフマニノフ:「音の絵」作品33&作品39より
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)

舞台作品にこそチャイコフスキーの真髄があると僕は思うが、視覚に訴えかけるような、そうイメージを喚起しやすい音楽、音符でもって情景や感情をスケッチするような音楽なら舞台に限らず彼は得意とする。だから、雑誌の要望で書き上げた「四季」なども、おそらくチャイコフスキーにとっては朝飯前だったろうし、ひとつひとつの季節感を伴った音楽が心地良い。カップリングされているラフマニノフに比べて、チャイコフスキーの「音の綴り」はシンプルである。簡潔さの中に、様々なものが盛り込まれる。わかりやすいのだ。入門者に人気があるのはこのゆえだろうが、クラシック音楽をさんざん聴いてきた玄人筋にも、少し観点を変えて、チャイコフスキーの音楽を聴いてもらいたいとあらためて思う。そんな気持ちを抱かせてくれるリヒテルのピアノ、その詩情は本当にかけがえのないもの。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>近頃頻繁にサロンでこの粋な音楽が流れてくることが嬉しい。
いいですねえ! いい季節に、サロンの音楽をサロンで奥様の素敵な演奏で聴く、これほどの至福が他にありましょうか!(笑)
>同じ舟歌でもチャイコフスキーのそれは哀しく切ない。
ふと思ったんですが、加藤登紀子や野坂昭如が歌ったので有名な「黒の舟歌」(能吉利人作詞・桜井順作曲)や、八代亜紀「舟唄」(阿久悠作詞・浜圭介作曲)など、特に「黒の舟歌」の旋律は、チャイコフスキーがもし知っていたら、交響曲などでもそのまま使いそうですよね。
「黒の舟歌」(ピアノ伴奏のアレンジ例)
http://www.youtube.com/watch?v=2b8usiLMwTU&feature=related
「舟唄」
http://www.youtube.com/watch?v=fvNTRdScTIU
前にも少し話題にしました、都はるみ「北の宿から」』(阿久悠 作詞・小林亜星 作曲)歌い出しがショパンのピアノ協奏曲第1番 第1楽章副主題(H-G-A-H-E-F#-G-F#-E)に類似している有名な件もそうですが、ショパンやチャイコフスキーと演歌とは、とても近いところにありますよね。東欧やロシアの音楽には根本のところに東アジアと同じく、太古から「四七抜き」の心が息衝いているんですね。それが長いこと疎ましかったのに、今は何だかとても愛しい気分です。
やはり歳なんですかねぇ(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>サロンの音楽をサロンで奥様の素敵な演奏で聴く、これほどの至福が他にありましょうか!
至福ですかねぇ・・・。あくまで練習ですから(笑)。
>特に「黒の舟歌」の旋律は、チャイコフスキーがもし知っていたら、交響曲などでもそのまま使いそうですよね。
この曲は初めて聴きましたが、おっしゃるとおりですね。
>ショパンやチャイコフスキーと演歌とは、とても近いところにありますよね。
同感です。
>今は何だかとても愛しい気分です。
やはり歳なんですかねぇ(笑)。
間違いなく歳です。僕も最近はとても愛しいです。

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