クーベリック指揮バイエルン放送響 ブルックナー 交響曲第3番ニ短調(エーザー版1877年第2稿)(1980.10録音)

800年も前のことだが、真理はもちろんそこにあった。

この時代の精神的状況を語るものとして、二つの重要な古典がある。一つは鴨長明の『方丈記』であり、もう一つは『平家物語』である。長明が『方丈記』を書いたのは「建暦の二年、弥生のつごもりごろ」と自ら記している。それが建暦2(1212)年3月末日であったとすれば、その約2カ月前の1月25日に法然は80歳で死んでいる。長明はこのとき60歳なので、長明の方が法然より20歳若いが、ほぼ同時代の人と考えてよいであろう。それゆえに、この『方丈記』は下鴨の社家の子として生まれて志を得ず、やむなく隠遁者となった同時代の知識人が見た、この時代の世相の記録であるといってよいであろう。
梅原猛著作集10「法然の哀しみ」(小学館)P167

移り行く世界をこれほどまでに端的に、そして情緒的に表現した文章があろうか。

このような言葉で示されるのは、無常という思想である。
わが故郷には紫香楽宮遺跡がある。紫香楽宮は聖武天皇がわずか3年だけ都をおくことを計画し、かの大仏発願を成した土地でもある。740年頃、地震、大火など、天才に見舞われたことで(陰謀説もあるが)、天皇は遷都を決意し、後の平安京につながるといわれる。

そしてまた、政治的権力が頻繁に変転する時代において、政治的主張は危険ということもあり、長明は政治について一切語っていない。

このような政治的事件にいっさいふれようとしない『方丈記』に対して、同時代の政治的事件、つまり平家の滅亡、源氏の興隆という事件を、滅びゆく平家側に視点をあてて語ったのが『平家物語』であろう。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。(平家物語巻第一)
という冒頭の言葉は、『方丈記』の冒頭の言葉とともに広く知られている。そしてそれは同じように無常という思想を語っている。しかし無常の語り方が『平家物語』と『方丈記』ではちがう。『方丈記』がこの時代に起こったことをすべて天災とみて、無常はすべての人に降りかかるこの世の道理であるとみているのに対して、『平家物語』は平家一門に視点をあて、この平家一門を襲った無常の物語を語っている。平家ほど短期間に栄位に上った氏族はない。それはおそらく、平清盛という先見性をもった稀代の政治家の能力に負うところ大だったのであろう。

~同上書P171

どういう視点で語られようと、世界の無常は昔も今も。そして未来も変わらない。
そして、道理というものは1万年前も1万年後も変わらないものなのである。

単伝独授の時代、法然は善導が作った「観無量寿経」の注釈書「観経疏」を読み、浄土宗という一宗派を創立したという。

韋提希はつくづくこの世がいやになった。「この世には地獄、餓鬼、畜生が満ち、多くの悪い人間がいる。私は悪い人のいない、悪い話を聞かない、そういう世界に行きたい、そういうきれいな世界を見せてほしい」と釈迦に懇願する。そこで釈迦は眉間から光を放って、十方無量の美しい国々を韋提希に見せる。しかし韋提希は、「このような世界はすべて美しく光り輝いていますが、私は阿弥陀仏のいらっしゃる極楽世界に生まれたいと思います」と頼む。釈迦は韋提希に「阿弥陀仏のいるところは、遠くない。しかし、あなたのような凡夫はまだ天眼を得ていないので、遠くを見ることができない。ちがった方法であなたにそれを見ることができるようにしよう」というと、韋提希は「私はお釈迦様のおかげで、その国を見ることができますが、お釈迦様が亡くなった後に、そういう悪い世の中に生きている凡夫は、どうして阿弥陀仏の世界を見ることができるのでしょうか」と問うた。そこで釈迦は韋提希に十三の観想の法を教えるのである。それを定善というが、一口にいえば。それは阿弥陀様の住む極楽浄土と阿弥陀様のようすを、目を開いていても目を閉じていても、いつもありありと眼前に見ることができるという、いわば想像力の訓練なのである。
~同上書P203-204

実際にはこれは訓練ではない。
開眼の縁と機会さえあれば訓練などせずとも見えるようになるのである。問題は、そういうことではない。それよりも、極楽浄土というものを実際に僕たちが生きるこの世界に建設できるかどうかが最大の問題であり、今を生きる僕たちの最大の課題なのである。

時代の経過とともに人間が見失ってしまったもの。
「側」に執らわれ、本性そのものをとらえられなくなった人間の因果。
第一念を大切にしたいところだ。

・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(エーザー版1877年第2稿)
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1980.10.13&14録音)

ブルックナーの音楽はいわば真理とつながる第一念たる第1稿が素晴らしいと思う。改訂を重ねるにつれ、整理整頓された音楽は耳に心地良いのは確かだが、ブルックナーの本性を映し出していないと今の僕は思う。

ヤング指揮ハンブルク・フィル ブルックナー 交響曲第3番(1873年第1稿)(2006.10Live)

ただし、何にせよ版の問題ではなく、指揮者の解釈が、演奏者の心魂がブルックナーの本質に届いているかどうかが鍵になる。その点、クーベリックの第3番ニ短調は、リリース当初から愛聴している録音であり、(刷り込みということもあろうが)(第4番変ホ長調「ロマンティック」同様)今もって素晴らしい名演奏だと思う(全集が完成されなかったことが残念でならない)。白眉は終楽章!!

クーベリックのブルックナー第4交響曲を聴いて思ふ クーベリックのブルックナー第4交響曲を聴いて思ふ

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

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