過去とつながる弦楽の響き・・・

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普段渋谷で飲むことは滅多にないが、飲み会後、若者に溢れる雑踏の中で、ティーンエイジャーの頃の、田舎で極めて真面目に過ごしていたあの頃のことがふと思い出された。
クラシック音楽などまったく縁のない家族の中で育ったにもかかわらず、ある時突然変異のように「音楽」に目覚めた。どうしてなんだろう?
僕は少年の頃から弦楽合奏の音色が好きで、クラシック音楽を聴きはじめの頃はモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など、今となってはまず真面目に聴くことがなくなった有名曲を、ステレオの前に陣取って日がな繰り返し聴いては、まだ見ぬヨーロッパの大地、ザルツブルクやウィーンの街並みを空想しながら、ひとり悦に浸っていた。うまく説明できないのだが、同じ音調の楽器が複数重なって生まれるハーモニーが心の奥底に響き渡る感じが心地良く、ただし管楽器ではいまひとつピンと来ないのに(今ではブラスも楽しく聴くが)、弦楽器だと涙が出そうになるほど心を揺さぶられる、レコードを聴いていてそんなときが多かった。

モーツァルティアンだったチャイコフスキーが、かの天才のセレナードを範にして弦楽合奏のための作品を残していることを知ったのは高校2年生の時。当時僕はフルトヴェングラーにぞっこんだった時期で、別の曲目的で買った音盤にチャイコフスキーのこの作品の抜粋があった。第4交響曲とのカップリングだったかレコードの詳細は忘れたが、お目当てのシンフォニーよりどちらかというとおまけのセレナーデからの抜粋に僕は惹かれた。それはもう繰り返し聴いた。若い頃の癖で、よく飽きもせず同じ音楽をこれほどまでに聴き続けるのかというくらい聴いた。

ゆえにチャイコフスキーの弦楽セレナーデというと珍しくもフルトヴェングラーの演奏が刷り込まれており、いかにもドイツ的な重みのあるスタイルが今でもお気に入りなのだが、時を経ていろいろな演奏を楽しむうち、数多あるこの名作の録音の中から、これは本当に素晴らしいと思えた、そんな音盤に10数年前に出逢った。ドイツ的な重厚さをもちながら、ロシア的な歌謡性とロマンティシズムに溢れた演奏は、これを凌駕するものはそうは簡単にでないだろうと思わせてくれる、そんなパフォーマンスだ。

チャイコフスキー:弦楽セレナーデハ長調作品48
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団

僕は子どもの頃からどこかで「孤独」を感じていた。周りの誰とも相容れない「何か」が自分の中にある、そんなことを無意識に思っていた。自分が特別な存在だと思ったことはないが、満たされない「何か」が見え隠れする、そんな子どもだったように思う。だから小学校に入ったばかりの頃はよく嘘をついた。やってもいないことをやったように見せかけ、体験していないこともいかにも事実のようにねじ曲げ、自分を誇張しようとしていたのか、あるいは変わりたいと心底思っていたのか、定かでないが、子どもながらに葛藤していた。

「孤独」な少年が行き着く先は「逃避」。今から考えると、音楽も「逃避」の一手段だった。だから自ら演奏に本格的にチャレンジすることなく、ただただ受身で接していた。人と根底では交わることはできないのではないかという不安と闘っていたのか、人見知りも激しかったし、頑なに自分に固執していた。そんな人間が人前に立ち、人に何かを教える、ましてや「人間力」などをテーマに活動しているのだから人生というのは面白い。いわば「自分ができなかったこと」を主題に変奏してゆく、それが「生きる道」なのか・・・。

チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」を聴きながら、誰もが孤独で、ゆえにみんなつながっているんだという気がした。遠い記憶の奥底にまで響く音楽・・・。


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
「弦楽セレナーデ」、私は多くのクラシック・ファン同様、ご多分にもれずカラヤン&ベルリンPOの60年代録音の音盤で覚え、マリナー&アカデミーとかコリン・デイヴィス&バイエルン放送響とかヤルヴィ&エーテボリ響とか、変わったところでは齋藤秀雄&日フィルの60年代の全曲ライヴ映像のDVDとか(貴重!)、とにかくドヴォルザークの「弦楽セレナーデ」と並んでとても好きな曲のため、所有音盤も自然に増えてしまいました。しかし、持っているのは何故か非ロシア系の演奏家の録音ばかりなので、ご紹介の極めてロシア的だったであろうスヴェトラーノフの演奏には興味があります。
この曲、ごく最近では病後で体調万全でない小澤征爾がサイトウ・キネンと第1楽章だけ演奏したそうですが、こういう話を聴いても超一流演奏家に命を懸けてもよいと思わせるチャイコフスキーの音楽とは、真に偉大だと思います。
「弦楽セレナーデ」は、聴く側も、交響曲のように音圧が強くないので家庭でも聴きやすいですよね。家族にもうるさがられず喜ばれます(笑)。そういう意味でもモーツァルトに近いです(笑)。
こういう機会でもないと、チャイコフスキーの昔からの愛聴盤の話題にはなりにくいですので本日も・・・。
後期交響曲集 ザンデルリング&ベルリン響
http://www.hmv.co.jp/product/detail/749354
このころのこの組合せによるショスタコやシベリウスやマーラーの録音はみんな好きです。冬の日本海側の天気のような、鈍重でほの暗くひんやりとした独特の音色が、かえって人の温かみを感じさせて素晴らしく、LP時代から妙に惹かれている演奏です(案外ムラヴィンスキーより好きかもしれません)。
交響曲第5番&第6番 ヴァント&北ドイツ放送響
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC-%E7%AC%AC6%E7%95%AA%E3%80%8C%E6%82%B2%E6%84%B4%E3%80%8D-%E5%8C%97%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E6%94%BE%E9%80%81%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD%E5%9B%A3-%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/B00005UD37/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1285190394&sr=1-1
これは、私などがとやかく言うのもおこがましいのですが、岡本さんが聴いておられない音盤だというのが「世界の七不思議」です(笑)。純ドイツ的な硬派の、全然女々しくないチャイコフスキーです。チャイコ君、やれば出来るじゃないか、男の中の男を!!(爆)
※明日も明後日も、ブログ本文の話題に関わらず、私のチャイコの主に交響曲の音盤を、青春時代の心に戻りご紹介し、おススメする予定です(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
さすが雅之さんですね。「弦セレ」にも相当お詳しいようで。
残念ながら僕はそこまで聴き比べができていませんのでいろいろと教えてください。
>こういう話を聴いても超一流演奏家に命を懸けてもよいと思わせるチャイコフスキーの音楽とは、真に偉大だと思います。
同感です。本当に素晴らしいと思います。
>後期交響曲集 ザンデルリング&ベルリン響
>案外ムラヴィンスキーより好きかもしれません
ザンデルリンクのこの曲集も未聴です。ムラヴィンよりお好きなんですか!?それは興味深いです。
>交響曲第5番&第6番 ヴァント&北ドイツ放送響
>岡本さんが聴いておられない音盤だというのが「世界の七不思議」です(笑)。
いやはや、いかに僕がチャイコフスキーを軽視してきたかですね。これはやっぱりもう一度しっかり勉強せねばなりません。明日以降も推薦盤のご紹介よろしくお願いします。

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雅之

こんばんは。
今ちょっと家族の外出の留守番で暇な時間なんで、CD聴きながらクラシック初心者のつもりで再コメントしてみましょう。
チャイコフスキーの場合、どうしても私はアマ・オケでヴィオラでの実演参加経験のある、交響曲第4~6番への愛着が圧倒的です。そこで、交響曲第6番「悲愴」について、今までコメント欄で話題にしなかったことについて少々・・・。10月以降、今までのように頻繁にコメントできなくなるかも知れませんので・・・。
岡本さんはとっくの昔にご存じかもしれず、知ってる人は知ってるんですが、この曲の第4楽章冒頭の主題では第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが主旋律を1音ごとに交互に弾くという極めて独創的で面白いオーケストレーションが行われています(同じ形をヴィオラとチェロでもやっていて一音ごとに入れ替わっています)。1音ごとに分割された冒頭の主題は右に左にと揺れ動きます。心の揺らぎを表現したかったのか、奏者が感情過多になることを旋律を弾くのを分散させることにより回避したかったのか、諸説ありますが、とにかくこういった大天才のアイデア、隠し味の効果をはっきり実感できるのは、演奏するものの特権です。だから、せめてこの曲のヴァイオリン・パートは対向配置でなければ作曲家の意図した弦パートの効果は聴く側には絶対に伝わりません。この事実はポケット・スコアを眺めたことのある人なら誰でも知っているくらいあまりにも有名なんですが、ブログのコメント欄だけでは楽譜がなく音もお聞かせできずご説明し辛く話題にもしにくかったのです。しかしYouTubeは便利ですね、ちゃんと楽譜付きでアップされたかたがいらっしゃり音で確認できます。使わせていただけるので感謝したいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=qupprgHLkyg&feature=player_embedded
ということで、「悲愴」交響曲でこの対向配置の効果がよくわかるおススメ音盤を・・・。
トスカニーニ&NBC交響楽団(ステレオ)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1219166
前にもご紹介しましたが、このステレオ録音を聴かずしてトスカニーニは語れません。
他にモントゥー&ボストン響の無駄のない名盤とか、賛否両論あるかもしれませんがシノーポリ&フィルハーモニアも対向配置がよくわかり、かつ良い演奏だと思っています。また、あえてまったく私の趣味ではありませんが、ノリントンのCDも対向配置の効果がよくわかるのでおススメしておきましょう。まだまだ対向配置で演奏した「悲愴」の名演CDは、探せばいくらでもあると思います。
とにかくチャイコフスキーのことを鼻で笑って馬鹿にしている人には、「あんた、どれだけチャイコについて知ってるの? じゃあ、チャイコ以上のことを、やれるものならやってみな!」と言いたいです、吉松先生が「タルカス」の編曲のとき言われたように・・・。
雅之もショパン先生について同じく失礼な態度だろ、ですって? ごもっとも。こりゃ大いに反省。陳謝の上、深謝が必要ですね。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんわ、再コメントありがとうございます。
「悲愴」第4楽章の両翼配置による主題の揺れはもちろん存じあげております。こういうアイデアからしてもやっぱりチャイコフスキーは半端者じゃないですね。しかもYoutubeで誰にでもわかるようにアップされているとは!
以前ご紹介いただいたトスカニーニのステレオ盤は未聴です。すいません。トスカニーニ語る資格ないですね(涙)。モントゥー盤はもちろんシノーポリ盤も僕は好きですよ。ただし、ノリントンは聴いておりません。しかし、雅之さんの守備範囲は本当に広いですね。「悲愴」についてもかなりの音盤を聴いておられるようで。恐れいります。
>チャイコフスキーのことを鼻で笑って馬鹿にしている人には、「あんた、どれだけチャイコについて知ってるの? じゃあ、チャイコ以上のことを、やれるものならやってみな!」と言いたいです
ほんとそのとおりです。馬鹿にしちゃいけないですよね。

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