クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管のワーグナー「ワルキューレ」(1956.8.14Live)を聴いて思ふ

来たるべき悲劇を予言する前奏曲。
有名なウィーン・フィルとのスタジオ録音盤に優るとも劣らぬ巨大かつ悪魔的な音楽に畏怖の念を抱く。1956年のバイロイト音楽祭。ハンス・クナッパーツブッシュの「ワルキューレ」は、第1幕冒頭から近寄り難い、言葉にならない精神性と、その場の空気を言い当てる現実感を見事に示す。その日、その場にいた聴衆はさぞかし息を飲んだことだろう。

「指環」の重要なエピソードとなる双子の兄妹ジークムントとジークリンデの邂逅と恋着。
この、神々しくも人間的なシーンの音楽は、クナッパーツブッシュの息の深いフレージングを得て、恋のため息の如くの真実味を帯びることになる。

人間は巨人的なるものへ自己を高めつつ、その文化を己が身に戦い取り、神々に人間と同盟する様に強制する。というのは、彼は彼独自の叡智によって神々にたいする生殺与奪の権を手中に握っているからである。しかしながら、その根本思想から言えばまごうかたなき瀆神の讃歌たるかの「プロメテウス」の詩におけるもっとも驚嘆すべき点は、正義を求める深いアイスキュロス的傾向である。一方には大胆不敵な「個別者」の量り知れぬ苦悩、他方には神々の窮迫、否、神々の黄昏の予感、二つのこの苦悩の世界をば和解へ、形而上学的一体化へと強制する力、これらはすべて、アイスキュロス的世界観の焦点と主題を極めて強力に想起させるものである。この世界観は神々と人間の上に運命が永遠の正義として君臨するのを見るのである。
塩屋竹男訳「ニーチェ全集2 悲劇の誕生」(ちくま学芸文庫)P86-87

リヒャルト・ワーグナーは、結果的に音楽によって(おそらく意図せず)神々を支配しようとした。「パルジファル」は確かに素晴らしい、この世のものとは思えぬ音楽世界を形成するが、彼が言葉をもって語り尽くそうとした時点で、まったく陳腐なものに成り下がってしまった。そもそも真理は音と言葉のドラマでは描き切れないのである。
その点、「指環」は違う。神々の終末すらを予感した4部作、特に「ワルキューレ」は、どの瞬間もあまりに人間的(俗的)だ。そして、地に足の着いたクナッパーツブッシュの再生は、ワーグナーの音楽の内なる力を抉り出し、僕たちに(人間的)官能と俗性を知らしめる。

・ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
ハンス・ホッター(ヴォータン、バリトン)
ゲオルジーヌ・フォン・ミリンコヴィッチ(フリッカ、ソプラノ)
アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ジークムント、テノール)
グレ・ブラウェンスタイン(ジークリンデ、ソプラノ)
ヨーゼフ・グラインドル(フンディング、バス)
パウラ・レンヒナー(ゲルヒルデ、ソプラノ)
ゲルダ・ラマーズ(オルトリンデ、ソプラノ)
エリーザベト・シェルテル(ヴァルトラウテ、ソプラノ)
マリア・フォン・イロズヴァイ(シュベルトライテ、アルト)
ヒルデ・シェッパン(ヘルムヴィーゲ、ソプラノ)
ルイゼシャルロッテ・カムプス(ジークルーネ、メゾソプラノ)
ゲオルジーヌ・フォン・ミリンコヴィッチ(グリムゲルデ、ソプラノ)
ジーン・マデイラ(ロスヴァイゼ、メゾソプラノ)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1956.8.14Live)

第2幕前奏曲の、何という堂々たる歩み!!「ワルキューレの動機」が軋み、うねる。

音楽と悲劇的神話は同じく一民族のディオニュソス的能力の表現であって、相互に切り離すことのできないものである。両者は、アポロン的なるものの彼岸に存する一つの芸術領域に由来するものである。両者は、不協和音も恐るべき世界像も等しくその快い協和音の中へと魅惑的に消えてゆく一つの領域を聖化するのである。両者は、己れの極めて強力な魔法を恃んで、不快の刺と戯れるのである。両者は、この戯れによっていかなる「澆季末法の世」の存在をも是認するのである。ここにディオニュソス的なるものは、アポロン的なるものと比べるとき、永遠にしてかつ根源的な芸術力として現れるのであり、この力が一般的に全現象世界を生存へと呼び入れるのである。
~同上書P199-200

我欲を肯定するニーチェの言葉の魔術。
そして、その顕現がワーグナーの「指環」にこそれっきとあるのである。何より「ワルキューレ」第2幕。

第3幕終曲「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」を演らせたら、クナッパーツブッシュの右に出る者はいない。永遠の、そして根源的な芸術の力が漲る音楽には、ひれ伏すしかないだろう。終演後の、聴衆の圧倒的な歓呼喝采がそのことを物語る。

ローゲ、いいか、
よっく聞け!
初めて会ったとき、
お前は燃える炎だった。
姿をくらましたときも
さまよう火玉に身を変えた。
かつてお前を従えたように
今度もお前を封じ込めてやる。
燃え立て、ゆらめく火焔よ、
岩山を包んで、燃え熾れ!

ローゲ! ローゲ! いざ来れ!

この穂先を
恐れる者は
炎の輪を越えるべからず!
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ヴァルキューレ」(白水社)P143

 

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