生の虚無感を通過した危機に、私の内部に無限の生の火を点してくれたのはベートーヴェンの音楽であった。
(ロマン・ロラン「幼き日の思い出」)
ロランにとってベートーヴェンは偉大な、そして崇高な作品を通して自らの魂を癒してくれる導師だった。確かにベートーヴェンの音楽は後世の多くの人々の魂を救っただろう。青春時代の作品から、ロラン曰く「傑作の森」時代の傑作群、そして哲学的深淵にまで入り込んだ晩年の(一種難解な)創作物すべてが人類の至宝であり、まさに人々に無限の生の火を与える心の糧たるものだ。
親愛なベートーヴェン! 彼の芸術家としての偉大さについては、すでに十分に多くの人々がそれを賞賛した。けれども彼は音楽家中の第一人者であるよりもさらにはるかに以上のものである。彼は近代芸術の中で最も雄々しい力である。彼は、悩み戦っている人々の最大最善の友である。世の悲惨によって我々の心が悲しめられているときに、ベートーヴェンはわれわれの傍へ来る。愛する者を失った喪神の中にいる一人の母親のピアノの前にすわって何もいわずに、あきらめた嘆きの歌をひいて、泣いている婦人をなぐさめたように。そしてわれわれが悪徳と道学とのいずれの側にもある凡俗さに抗しての果のない、効力の見えぬ戦のために疲れるときに、このベートーヴェンの意志と信仰との大海にひたることは、いいがたい幸いの賜ものである。
~ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P65-66
ほとんど神の領域の創造物だとロランは断言する。人間ベートーヴェンは逝って神になったのだと思う(実際、佛になったのだが)。
愛するディアベリ変奏曲。
耳にすればするほどその愛らしい節に、慈しみ溢れる旋律に、明朗な律動に言葉を失う。
・ベートーヴェン:アントン・ディアベリのワルツによる33の変奏曲ハ長調作品120
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)(1998.9録音)
ポリーニの方法は昔から変わらない。鋼のような重い切れ味を見せる音塊に、時に羽のような軽快な音調を垣間見せる変奏曲(静謐なる第20変奏アンダンテから第21変奏アレグロ・コン・ブリオの猪突猛進の離れ業!)。確かに年齢を重ねてポリーニの音楽は一層変幻自在の表情を見せるようになったように思う。
それにしても第30変奏アンダンテ、センペ・カンタービレ以降(第31変奏ラルゴ,モルト・エスプレッシーヴォの美しさ!)の純粋無垢なる姿にポリーニの無心・夢想を思う。
※過去記事(2013年9月24日)
※過去記事(2012年4月16日)