音楽の背景に「恋物語」あり

bach_cello_suite_hidemi_suzuki.jpgJ.S.バッハが作品1、つまり初めて公に楽譜を出版したのは1731年、46歳の時だった。「クラヴィーア練習曲集」と題されるそれは、「6つのパルティータ」を指すのだが、これらはドイツ生まれの「アルマンド」、フランス生まれの「サラバンド」、イギリス生まれの「ジーグ」など、ヨーロッパ各国の舞曲を組み合わせている。まるでライプツィヒでの書籍見本市に集まる顧客を意識しているようで、バッハのビジネスマンとしての才能の豊かさをこのあたりからも伺い知れて興味深い。46歳というと、まさに今の僕の年齢と同じ。古今東西の中でも1,2を競う天才と比較しても仕方ないが、こういう才覚を知るにつけ、自らの小ささに思わず呆れてしまう。バッハはいつの時代もバッハ以外の何者でもなかった。

遡ること10数年、1717年~1723年のいわゆるケーテン時代には、現代も愛好されている数々の傑出した世俗音楽が作曲されている。もちろんそれは偶然ではない。様々な事柄が重なって、バッハは必然的にそれらの音楽を書かされたのだが。例えば、ヴァイオリンやチェロ、あるいはフルートのための無伴奏音楽。そして、いろいろな楽器の組み合わせを協奏スタイルで作品化したブランデンブルク協奏曲など。

ケーテン侯レオポルトがバッハを宮廷楽長に招聘したのは1717年8月のこと。すでに相当の名声を獲得していたバッハにとっても、それは更なる名誉だったと思われるが、そもそもレオポルト侯に音楽家をみる目(音楽を理解する耳)があったことが幸い。破格の年俸で雇われたバッハは、音楽に精通した君主のもとで、開放的でかつ活き活きとした音楽を紡ぎ出す。

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲
鈴木秀美(チェロ)

チェロ組曲のピリオド楽器での録音の中でも相当の出色。何より飛び跳ねるような軽快な音楽に、まさに舞曲として生まれ変わっているところが聴きもの。一般的には真面目に、敬虔に弾かれることの多いこの音楽がダンス・ミュージック(快活なダンス・タイムあり、うっとりするようなチーク・タイムあり)に変貌する。当時のバッハの夢見るような喜びの心情がいっぱいに溢れているよう。

しかし、ケーテン時代は一方で教会音楽がほとんど作曲されなかったという問題もある。それは、レオポルト侯がバッハの信仰していたルター派ではなくカルヴァン派であったということがそもそもの理由(純粋な宗教体験にはむしろ音楽など邪魔と捉えられていた)。さらには、1720年、当時の妻であったマリア・バルバラが急逝するという事態にも直面するバッハは我々が想像もできないくらい失意のどん底に落とされたことだろう。

とはいえ、マリアの死から1年あまりで次の妻を見つけてしまうのだから大したもの。そう、アンナ・マグダレーナである。やっぱり、こういう天才を女は放っておかないものなのか・・・。あるいは「英雄色を好む」の言葉通り、バッハもご多分にもれず女好きだったのか・・・、いずれにせよ、それぞれの時代に、類稀な傑作を残すバッハの陰にこういう女性たちの献身的な働きがあっただろうことは想像に難くない。音楽の背景に「恋物語」あり。


5 COMMENTS

雅之

おはようございます。
9月11日の愛知さん他の多治見でのコンサート以来、妻がチェリスト・新井康之さんのファンになってしまって困っています(笑)。
一昨日妻は、家のすぐ近くでのコンサートに行き、とてもご満悦でした。
楽しそうな報告を聞いて、聴けた妻が羨ましくなってしまいました。
エイジフリーコンサートⅣ
  ちっちゃなころから本物志向
2010年11月17日(水)13:30開演  守山文化小劇場
http://www.bunka758.or.jp/02shisetsu/info/moriyama-20101117.pdf
1 リスト:愛の夢
2 シューマン:トロイメライ(夢)
3 ヴォーン・ウィリアムズ:冬の柳
4 グラズノフ:吟遊詩人の歌
5 ポッパー:ハンガリー狂詩曲
6 ~ディズニー映画~
   白雪姫より:いつか王子様が
   美女と野獣より:美女と野獣
7 ~スタジオ・ジブリ映画~ 
   魔女の宅急便より:海の見える街
   もののけ姫より:アシタカせっ記
   千と千尋の神隠しより:ふたたび
   ハウルの動く城より:人生のメリーゴーランド
8サン=サーンス
   組曲『動物の謝肉祭』小幡Ver.
   1.序奏とライオンの行進(小幡駅前~小幡緑地本園)
   2.メンドリとオンドリ (小幡駅前~小幡緑地本園)
   3.らば(小幡駅前~小幡緑地本園)
   4.亀(見返ヶ池の亀)
   5.象(芝生広場)
   6.カンガルー(芝生広場)
   7.水族館 (竜巻池)
   8.耳の長い登場人物(森林浴の森)
   9.森の奥のカッコー(森林浴の森)
   10.おおきな鳥籠(野鳥観察の森)
   11.ピアニスト(翠松園のチェリスト)
   12.化石(小幡古墳群)
13.白鳥(緑ヶ池の白鳥)
   14.フィナーレ
~アンコール~
・ピアソラ:リベルタンゴ
新井康之(チェロ)
近藤麻由(ピアノ)
岡田ゆき(ナレーター)
今回はエイジフリーコンサートということで、赤ちゃんや小さい子も対象にしていたのですが、あらかじめ演奏者ではなく主催者側が、コンサートが始まる前に、「子供がぐずったり騒いだりしたら演奏者や周りの聴衆の迷惑になるので、一旦外に出て、子供を落ち着かせる部屋があるので、そこで落ち着かせてから再入場して欲しい」との注意を促したため、極端なマナー違反はなかったそうです。これは、教育上からも、とても大切なことだと思っています。公の場でマナーの悪い大人にしないためにも。
新井さんのお住まいは、どうも我が家とすぐご近所のようです。
『動物の謝肉祭』のご当地バージョン(笑)は、綺麗な音楽に笑いを織り交ぜて、とても楽しくて大好評だったそうです。9月10日もそうでしたが、彼は人の心を掴む話術が上手いですよね。
それと、新井さんは、ヴォーン・ウィリアムズがとてもお好きと、おっしゃていたそうです。演奏された『冬の柳』という曲、私は知らないのですが、出だしが『紅葉』(唱歌♪秋の夕日に)
http://www.youtube.com/watch?v=S3C5ELNQ1ek
にそっくりとのことで、とても美しい曲らしいです。CDを探さなきゃです(笑)。
なお、アンコールの『リベルタンゴ』は、さすがに愛知さん他との多治見でのコンサートのほうが盛り上がったそうです。
幸せは、遠くまで行かなくとも、身近なところにいくらでもある・・・、新井さんという素晴らしいチェリストをご紹介いただきました岡本夫妻に、心より感謝いたします。

返信する
愛知とし子

新井さんは、人柄もとても素晴らしく、リハーサルの時も楽しくてたまりませんでしたよ。
自分のご意見を強く出すのではなく、他の方の意見を尊重しつつ、上手くまとめあげてしまう力もあり、一緒に演奏させていただく機会をいただけたことに感謝しています。
普段のお話もとっても楽しくて、また、ご一緒出来たら・・と思っております。
新井さんの今回のコンサートの内容も、とても参考になります。
アナウンスやチラシのご了承ください・・・のところなど。
雅之さん!情報をありがとうございました。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
ご当地バージョンの「動物の謝肉祭」、興味深いですね。
ご紹介のヴォーン・ウィリアムズの「冬の柳」については僕も知りませんでした。初期の歌曲集の中の1曲のようですね。
試聴しましたが、確かに「紅葉」にそっくりです。
http://ml.naxos.jp/album/ALBCD002
ところで、奥様が新井さんのファンになられたということ、素晴らしいじゃないですか!人の輪からこうやってまた新しい音楽に出会える、素敵です。
今後ともよろしくお願いします。奥様にもよろしくお伝え下さい。

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愛知とし子

ちなみに、私の母も、すぐ、新井さんのファンになっていました。(笑)
年配の女性のファン層が、多そうですね!

返信する
雅之

>愛知とし子様
こんばんは。
重要なリサイタルの直前、お疲れさまです。
愛知さんの、新井さんとのコンサートも、ぜひ、またいつか聴かせてください。妻共々楽しみにしております。
今後企画される親子を対象にしたコンサートのご参考になればと思い、今回配布されたプログラムの最後に記載されている「お願い」を書き写しておきます。
お願い
このコンサートは、小さなお子様(赤ちゃん)の入場制限をしておりません。多少のざわめき等はご了承ください。
演奏中は場内が暗くなり、席を離れたり走ったりすると大変危険です。係が注意をしますが、別室にてモニターテレビの鑑賞をお願いする場合がございます。

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