The Bill Evans Trio “Moon Beams”(1962)ほかを聴いて思ふ

現実の境界線を見きわめようとしていたのかもしれない。
何が起こるか、興味津々だった。そう、ただそれだけ。
すべては好奇心に過ぎなかった。
(1969年 ロサンジェルス ジム・モリスン)

雲に隠れる中秋の名月。
目には見えずとも確かにそこに月は在る。

熱砂のアフリカに彷徨したアルチュール・ランボーは「陸地の潮流と引潮の巨大な轍が東に向かって円を拡げる」(海)と、世界歩行者としての観察を鋭くした。
地球をくまなくうねる潮汐力は想像するだにすさまじい。海ばかりに潮汐力があるわけではない。地球全体が静かに呼吸する。陸地も月に引っ張られているという話をしたが、この引っ張り具合は計測されている。なんと一日に3,4センチくらいが引っ張られ、また元に戻っている。これを1ヶ月の単位でみると、二度にわたって20センチも上下する。ランボーの「陸地の潮流」とはおそらくこの大地呼吸に対する直観でもあったろう。
もともと潮汐力の原因には地球と太陽と月の三体が関与する。
松岡正剛「ルナティックス—月を遊学する」(中央公論新社)P52-53

日輪と月輪と土。ランボーの科学的浪漫に、松岡正剛の直感的分析力に畏怖の念を抱く。
芸術家たちは自然の、宇宙の現象にいつもインスパイアされてきた。

ビル・エヴァンス・トリオのバラード・アルバム、”Moon Beams”。
ベートーヴェンの「月光」ソナタ冒頭を髣髴とさせる寂寥感溢れるビル・エヴァンス・オリジナル作”Re: Person I Knew”に始まり、アルバムを通してビルのピアノが踊り、イスラエルのベースが静かにうなり、モチアンのドラムスが軽く弾ける。まさに今宵の月に相応しい音楽たち。
続く、”Polka Dots And Moonbeams”の、3者一体の浪漫的内省的プレイに、青白い月を思う。あるいは、”Stairway To The Stars”での、ビルの夢見るピアノに対応する何気なくも力強いポールのドラムスとチャックのベース。

・The Bill Evans Trio:Moon Beams (1962)

Personnel
Bill Evans (piano)
Chuck Israels (bass)
Paul Motian (drums)

スコット・ラファロが交通事故死したとき、ビルはしばらく演奏ができないくらい精神的ダメージを受けたそうだ。ポール・モチアンは1990年1月のインタビューで次のように語っている。

数ヶ月は抜け殻同然だった。気力を失ってしまったというかね。周りがなにをいっても耳を貸してくれなかった。わたしとしては放っておくしかなかった。そんなある日、彼から電話がかかってきた。「トリオでツアーに出るぞ」ってね。明るい声だった。「ベーシストは誰?」「チャック・イスラエル、知ってるかい?」。こうしてわたしたちは新しい時代に向けて次の一歩を踏み出したのさ。
小川隆夫「ジャズジャイアンツ・インタヴューズ」(小学館)P74-75

最後に収められたエヴァンス自作のワルツ”Very Early”は、仄々とした雰囲気のイントロに始まり、主部ではエヴァンスの軽快なタッチのピアノが明朗な音楽を鳴らし、またチャックの深みのあるベース・プレイが僕たちを魅了する。アルバム・ジャケットの女性はニコ。

月光が男女の深層心理や下意識におよぼすやるせない影響そのものは、歌謡曲ばかりではなく音楽全般におよんでいる。
松岡正剛「ルナティックス—月を遊学する」(中央公論新社)P57-58

衝撃のファースト・アルバム以上に、おそらくドアーズの、否、ジム・モリスンの音楽性、芸術性が最高に融けるセカンド・アルバムの奇蹟。ジムの甘い歌声が響く”You’re Lost Little Girl”は屈指の名曲。そして、前衛的手法を駆使した実験的楽曲”Horse Latitudes”の爆発的絶叫と、続く”Moonlight Drive”のあまりに内省的な歌声の対比に、ドアーズの天才を思う。

・The Doors:Strange Days (1967)

Personnel
Jim Morrison (vocals)
Ray Manzarek (keyboards and marimba)
Robby Krieger (guitar)
John Densmore (drums)

その頃、ジムは、アンディ・ウォーホルの取り巻きのひとりと付き合っていた。ニコ。年齢不詳、複雑な、カリスマ的な女。ドイツ生まれで、母国ではカヴァー・ガールをしていた。フェリーニの「甘い生活」に出演している。一時はアラン・ドロンの恋人だったこともあり、ボブ・ディランやブライアン・ジョーンズとも親しく、ウォーホルの「チェルシー・ガールズ」のスターのひとりでもある。当時は、ウォーホルが世に出した、風変わりなロック・バンド、エクスプローディング・プラスティック・イネヴィタブルのヴォーカリストを務めていた。背の高さはジムと同じくらい。そしてジムがどんな奇妙なことをしても、優しく受け入れる。酒も飲める。ジムが惹かれるのも無理からぬ女だ。
ジェリー・ホプキンス、ダニエル・シュガーマン著/野間けい子訳「ジム・モリスン―知覚の扉の彼方へ」(シンコーミュージック)P125

終曲”When The Music’s Over”での、ジムの高貴ながらエロティックなヴォーカルと、バンドの静謐な、沈潜し行く音に、時間と空間を超えるような錯覚。

“Moonlight Drive”
Let’s swim to the moon
Let’s climb thru the tide
Penetrate the evenin’ that
The city sleeps to hide

あたりは真っ暗の眠っている街で煌々と光る月。ジム・モリスンの言葉はどんなときも詩的だ。

そうして、クロード・ドビュッシーは、「ベルガマスク組曲」の「月の光」。
何度も繰り返し聴く、最晩年のクラウディオ・アラウの演奏が飛び切り美しい。

ちょうど今、ドビュッシーにひじょうに惹かれているのです。彼の作品の精神的な意味にね。ときとして彼の作品は響きだけのために、雰囲気だけのために弾かれることがあります。しかし彼は大天才の一人でした。その音楽には巌として独自のものがあります。ほかの天体からの音楽のようです。
ジョーゼフ・ホロヴィッツ編/野水瑞穂訳「アラウとの対話」(みすず書房)P215

今にも止まりそうな、しかし決して冗漫でない、呼吸の深い「ベルガマスク組曲」の瑞々しさ、透明感!

ドビュッシー:
・ベルガマスク組曲
・ピアノのために:サラバンド
・レントよりおそく
・ロマンティックなワルツ
クラウディオ・アラウ(ピアノ)(1991.1.6-12 &3.25-26録音)

宙に舞う「レントよりおそく」の神秘。また、「ロマンティックなワルツ」の、これで最後だといわんばかりの、内側でちらちらと燃える熱の異様な放出に心動く。死のわずか2ヶ月余り前の録音は見事に浪漫を包み込む。

そうなのだ、月はいつも謎をかけている。殺害を犯した者にのみ謎をかけるのではない。窓の外の月をゆっくりと眺めた者のすべてに、突如としてスフィンクスの謎をかける。なんなら明日の夜、月の出を待って高台に上がってみることだ。やけに大きな月がこちらを向いて出て笑っているはずである。
松岡正剛「ルナティックス—月を遊学する」(中央公論新社)P141

クラウディオ・アラウ、1991年6月9日没。

 

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