シェリング&イッセルシュテット指揮ロンドン響のベートーヴェン(1965.7録音)を聴いて思ふ

たぶん、僕が知り得る限り、この作品の最高の名演の一つであると思う。
隅から隅まで調った、心地良いテンポとバランス。純ドイツ的な、いかにもベートーヴェンという音調。冷静なヘンリク・シェリングが燃える。自然体のシュミット=イッセルシュテットが、まるでライヴであるかのように重厚かつ激烈な音楽を描く。第1楽章カデンツァはヨーゼフ・ヨアヒム作、第3楽章カデンツァはカール・フレッシュ作。

ベートーヴェンの頭に鳴っていたものは、いつも「革新」だった。
1806年、歌劇「フィデリオ」が支持されず、公演打ち切りになった際、劇場の権力を握っていたブラウン男爵は、次のようにベートーヴェンを挑発したそうだ。

お前さんの歌劇はモーツァルトには遠く及ばぬよ。モーツァルトはいつも大衆を感激させ劇場を満員にさせていたのに対し、お前さんのはお高く留まった連中、教養ある連中にだけしかわからぬ。それでは劇場はたまらぬ。
小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(上)」(岩波文庫)P155

資本家にとってみればごもっともな話だが、それに対するベートーヴェンの反論がほとんど開き直りのようで面白い。

俺は大衆のために書くのではない—教養ある者のために書くのだ。
~同上書P155

いかにも横柄な態度だが、ここには一つの真理がある。ベートーヴェンの発想が時代を超えていたことは間違いなかろう。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61(1806)
・ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第2番ヘ長調作品50(1798)
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮ロンドン交響楽団(1965.7録音)

同時期に生み出されたヴァイオリン協奏曲は、実に優雅で、旋律も美しく、ベートーヴェンの他のどんな作品よりも明朗で希望に満ち、開放感溢れる。
幾度聴いても飽きないこの安心感は、シェリングのヴァイオリンから発せられるものなのか、それとも、イッセルシュテットの棒によるものなのか。

僕は、同じフィーリングをかつてクイーンの作品に感じたことがあった。

Spread your little wings and fly away
Fly away far away
Pull yourself together
‘Cause you know you should do better
That’s because you’re a free man

アルバム”NEWS OF THE WORLD”収録の、ジョン・ディーコン作”Spread Your Wings”。調性は偶然にも同じニ長調。落ち込んでないで、もっと自由に羽ばたけと示唆するフレディの歌。難聴から失聴に至る過程で、そしてハイリゲンシュタットの遺書を認めながらも、自らの内側で希望の光を見つけたベートーヴェンが、自身の芸術というものに確信を持った後に起こった(ロマン・ロランの言う)いわゆる「傑作の森」の中での自由な創造力の発露。

・Queen:News Of The World (1977)

Personnel
Freddie Mercury (lead vocals, backing vocals, piano, cowbell)
Brian May (electric guitar, backing vocals, lead vocals, acoustic guitar, maracas)
Roger Taylor (drums, backing vocals, electric guitar, bass guitar, lead vocals)
John Deacon (bass guitar, acoustic guitar)

ジョンは、尊敬するフレディの死とともに、フレディの声以外にクイーンはないと脱退を宣言した。その潔さがまた美しい。

おまえがここで社会の渦巻のなかに突進するように、できうるかぎりあらゆる社会的な障害に屈せず歌劇を書くようにせよ。おまえのつんぼについてはもはやなんの秘密もあるまい。芸術についてもまた。
(1806年)
小松雄一郎訳編「ベートーヴェン 音楽ノート」(岩波文庫)P9

シェリングの奏するロマンス第2番も渾身の出来。

 

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6 COMMENTS

ヒロコ ナカタ

 記事を拝読して、またまた嬉しくなり、書いています。シェリングのバッハの無伴奏曲を聴いて、禁欲的で冷静、少しお行儀が良すぎるのでは?と思うこともありますが、ベートーヴェンの協奏曲の2楽章のあの得も言われぬ美しいメロディーのところを奏でるシェリングの陶酔は好きだなぁ、と思っていました。すると「冷静なヘンリク・シェリングが燃える」というフレーズ。やはりそうだったんだ!と我が意を得たる思いにさせていただきました。ありがとうございました。

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岡本 浩和

>ヒロコ ナカタ 様

この録音は、シェリングの中でも屈指の1枚だと僕は思います。バッハの無伴奏も、そのお行儀の良さがまた僕は好きなのですが・・・。(笑)

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ヒロコ ナカタ

岡本 浩和 様
 えーと、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で、クリスティアン・テツラフのソロ、デイヴィッド・ジンマン指揮、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏がありますが、(恐れながら)どう思われますか?というのが、「ベートーヴェンの頭に鳴っていたものは、いつも「革新」だった。」というところで、このCDを思い出したもので… それを聴いた時、ヴァイオリンがあたかも新しい時代の到来を告げるヒバリのように雲の上を天駆けていくイメージが沸いたものですから・・・

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岡本 浩和

>ヒロコ ナカタ 様

テツラフ&ジンマンのベートーヴェンは未聴でしたが、聴いてみました。
鮮烈です!
そもそもジンマン指揮トーンハレの一連のベートーヴェンを初めて聴いたとき、その新しい響きに吃驚して感激しましたが、テツラフがそこに輪をかけて素晴らしいですね。
ちなみに、カデンツァはベートーヴェンがクレメンティのアドバイスでピアノ協奏曲に編曲した際に作った自作のカデンツァをヴァイオリン版に移行したものだというのが、先日のコメントでの話題とシンクロして実に興味深いです。
http://classic.opus-3.net/blog/?p=2899#comment-108933

http://classic.opus-3.net/blog/?p=2076
ご紹介ありがとうございました。

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ヒロコ ナカタ

岡本 浩和 様
 テツラフ・ジンマンが気に入っていただけてよかったです。
そこで演奏されたカデンツァがそのような出自だったとは知りませんでした。ピアノ協奏曲に編曲されていたことも。早速聴きたいと思い、CDを注文しました。
 それにしてもピアノに編曲する提案がクレメンティからのものだったとは驚きました。12歳のベートーヴェンに会った後、交際は続いていたのですね。ありがとうございました。

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岡本 浩和

>ヒロコ ナカタ 様

>12歳のベートーヴェンに会った後、交際は続いていたのですね。

音楽史をこういう形でひも解いていくと、いろいろな側面が見えて面白いですよね!

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