ムストネン&サラステ指揮ドイツ室内フィルのベートーヴェン協奏曲ほか(1993.6録音)を聴いて思ふ

さて、クレメンティのことですが、この人は、律儀なチェンバリストです。でも、それだけの話です。右手が非常に達者に動きます。この人の主な技能は三度でパッサージュを弾くことです。ともかくこの人には趣味も感情もまったくなく、単に機械的に弾くだけの人です。
(1782年1月16日付、父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P47

父宛ての手紙でモーツァルトは、ムツィオ・クレメンティとの競奏について報告しているが、どうやら演奏はモーツァルトに圧倒的に分があったようだ。モーツァルトの「律儀な」という表現通り、クレメンティはかなりの堅物(ビジネスマン)だった。

原曲がピアノだったのかと思うようなマジック。
指揮者の解釈のせいもあるだろう、あるいはオーケストラの持っている音調のせいもあるだろう、音の密度が軽い分、音楽は前進し、飛翔する。
ピアノを自由自在に操ることができたベートーヴェンならでは。それは、編曲を示唆したクレメンティの慧眼でもある(クレメンティはロンドンに拠点を置く出版者でもあった)。

・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲ニ長調(ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61より作曲者自身の編曲)
・J.S.バッハ:ピアノ協奏曲第3番ニ長調BWV1054(ヴァイオリン協奏曲ホ長調BWV1042より作曲者自身の編曲)
オリ・ムストネン(ピアノ&指揮)
ユッカ・ペッカ・サラステ指揮ドイツ室内フィルハーモニー(1993.6録音)

特筆すべきはベートーヴェン自作のカデンツァ!途中からピアノ・ソロにティンパニが加わるそれは、さすがに革新的な響きに満ち、第5交響曲のあの有名な主題の激性に匹敵するもの。

極端に単純化していえば、《運命》の4つの音は、父親の拳が幼児の肉体の上に炸裂した、ある印象的な「4回の打撃」を音イメージに凝縮したものであったのかも知れない。叩かれたのは、シンドラーが伝えたような「扉」ではなく、幼児のか弱い肉体であり、叩いたのは運命ではなく、父親の鉄拳か鞭であった。
福島章著「ベートーヴェンの精神分析—愛と音楽と幼児体験の心理」(河出書房新社)P47

あくまで著者の独断的推論に過ぎないが、昔初めて読んだとき、妙な納得感があったことを思い出す。ヴァイオリン協奏曲の冒頭5つのティンパニの弱音も、福島章さんは同様のトラウマのフラッシュバックの音化だとするが、ピアノ版のカデンツァを聴くにつけ、あの優しいティンパニの音がまさにその心理の描写であっただろうことを裏付けるような音として鳴るのである。

この曲では、「運命の4つの音」の音型が、4つの音だけでなく、5つの音、6つの音などとして執拗に反復され強調されている。
~同上書P64

あながちこの推論は、決して邪道なものでなく、妙な説得力を持つのだから面白い。
ちなみに、バッハの協奏曲。こちらはムストネンの弾き振りとなるが、堅牢なバッハの音が、自由に、そして攻撃的に鳴らされ、実に心地良い。録音当時26歳だったムストネンも今年52歳になる。

 

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