ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団 6つのドイツ舞曲K.567&12のメヌエットK.568(1964録音)を聴いて思ふ

墺土戦争での貴族の疎開による予約演奏会人気の低迷。
一方、グルックの後任として宮廷作曲家となった彼は、職務として宮廷の舞踏会のために次々と作品を作曲する機会を与えられる。娑婆のモーツァルトもモーツァルトに違いない。

1788年のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
生活のために、あるいは遊ぶ金欲しさにという説もあるが、彼は借金を重ねた。一般には経済的困窮の時期といわれるが、果たしていかに。少なくともその頃の、機会音楽には悲哀の感が一切見当たらない。モーツァルトにとって作曲という行為は、自身の魂との遊戯であり、また呪縛からの解放であった。

6つのドイツ舞曲K.567。1788年12月6日完成。
自らの精神状態を差し置いて、ゾーンに入った彼にとって、仕事としての作曲は朝飯前だったのだろうと思う。何と軽快で、何て愉快な音楽たちなのだろう。

われわれの近代的表現手段をもって、モーツァルトの精神において創造すること、これがおそらく、正しいのではありますまいか。しかし、モーツァルトの芸術を、驚くほど澄んだ子供の目でもって、ずっと中まで深く眺めてごらんなさい!それでもなお、〈還れ〉などと言えたものでしょうか?私としてはこういった方がはるかに本当なのだと思います、〈モーツァルトに向かって前進しよう!〉と。
(フェリックス・ヴァインガルトナー)
「モーツァルト事典」(冬樹社)P187

モーツァルトにまつわるヴァインガルトナーの言葉が的を射る。

モーツァルト:
・6つのドイツ舞曲K.509(1964録音)
・6つのドイツ舞曲K.536(1966録音)
・6つのドイツ舞曲K.567(1964録音)
・6つのドイツ舞曲K.571(1965録音)
・12のドイツ舞曲K.586(1964録音)
ヴィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団

俗世間で仕事をするモーツァルトの匂い。仕事に没頭するモーツァルトが何とも香しい。
そして、同じく宮廷舞踏会のために作曲された12のメヌエットK.568。1788年12月24日完成。こちらのメヌエットの方は、どちらかというと雄渾な音調を湛える。ここにはモーツァルトの男性性がより投影されるよう。

なるほど、そこには、当時の社会的風潮、というか、慣習の影響があるのだろうか。

とにかくウィーンのレドゥテン・ザールにおける仮面舞踏会は、18世紀のヨーロッパ(イギリスを除く)では珍しく、貴族、ブルジョワ、庶民などが、かなり無礼講的に楽しんだ会であったようである。下僕が貴婦人と隣り合って踊れるなどという機会は、この時代には日常的にあるものではなかった。
だが、それでもなお、民衆と貴族の間には一つの壁が厳然と存在した。それは踊りの種類だった。すなわち、ここでは、フランス渡来の宮廷舞曲であるメヌエットと、コントルダンスのほかに、ワルツ、レントラーなど、いわゆる3拍子のドイツの民俗ダンスが演奏されたが、一般民衆はメヌエットやコントルダンスの時は踊ることができず、ドイツダンスの演奏される時だけしか踊ってはいけなかったのである。

(石井宏)
~UCCD-4001/7ライナーノーツP35

社会的背景を知り、音楽を享受すれば世界はもっと広がる。

モーツァルト:
・5つのメヌエットK.461(448a)(1966録音)
・12のメヌエットK.568(1964録音)
・12のメヌエットK.585(1966録音)
・6つのメヌエットK.599(1965録音)
ヴィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団

ボスコフスキーの指揮は、脱力の極み。
おそらく演奏は合奏団に自発性に極力任せているのかもしれない。自由の謳歌、生きる喜び、そして音楽の楽しみ、あらゆる「陽」の側面が、ここかしこに溢れ出る名演奏。

夜半に聴くモーツァルトの魔力。
娑婆のモーツァルトの音楽にも摩訶不思議な力が漲っている。

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