ボロディン四重奏団 ショスタコーヴィチ四重奏曲第4番(1962録音)ほかを聴いて思ふ

単色のショスタコーヴィチ。
墨色のドミトリー・ショスタコーヴィチ。
管弦楽を扱うとき、あれだけの暴力的な色合いとエネルギーを持つ彼の音楽は、4つの弦楽器のための作品となると、見事に内省的な色調を帯びるようになるのだから興味深い。ほとんど私的な日記の佇まい。
常にその音色は柔らかく、僕たちの心魂を癒す。
戦後すぐのソヴィエト連邦にあって、彼が創出した弦楽四重奏曲には(ピアノ曲同様)不思議な官能があった。
あまりにも個人的な心情吐露なのだ。
聴いていて、時に恥ずかしくなるくらい。

1949年の弦楽四重奏曲第4番ニ長調作品83。
いかにも真実が裏に隠された、二枚舌ショスタコーヴィチの皮肉な音調が全編を覆い、堪らない。暗鬱たる柔和な表情の内側に垣間見える鋭利な刃物の如くの厳格さ。悲劇的な終楽章アレグレットが肝だ。

ショスタコーヴィチ:
・弦楽四重奏曲第4番ニ長調作品83(1949)(1962録音)
・弦楽四重奏曲第5番変ロ長調作品92(1952)(1967録音)
・弦楽四重奏曲第6番ト長調作品101(1956)(1967録音)
ボロディン・クヮルテット
ロスティスラフ・ドゥビンスキー(ヴァイオリン)
ヤロスラフ・アレクサンドロフ(ヴァイオリン)
ドミトリー・シェバーリン(ヴィオラ)
ワレンチン・ベルリンスキー(チェロ)

1952年の(3つの楽章がアタッカで続けて演奏される)弦楽四重奏曲第5番変ロ長調作品92。
ショスタコーヴィチの筆はいよいよ独自の、哲学的な、極めて内省的な、そして濃厚な音楽を描き出す。何より作曲者の真意を見事に捉え切るボロディン四重奏団の誠実なる合奏力。第1楽章アレグロ・ノン・トロッポの、4つの弦楽器が強力な波動を放ちながら前進する様に、葛藤、または壁がありながら、それをブレイクスルーしようとする作曲家の絶対的な意志を思う。ボロディン四重奏団の意志は何と強靭なことだろう。また、共感力は何て敏感なことだろう。

芸術にとってもっとも不幸であるのは、それが均質化されたり、いかに良いものであれ、たったひとつの型にはめられることです。作曲する際にそのような方法をとれば、個性をそぎ落とし、固定観念を育み、盲目的に模倣することになるでしょう。その結果、創造的発想は膨らむことができなくなり、芸術から発見の喜びが消えます。
(ショスタコーヴィチによる1954年年頭のメッセージ)
ローレル・E・ファーイ著 藤岡啓介/佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチある生涯」(アルファベータ)P246

これは交響曲第10番への批判に対する、作曲家のいわば理論武装としての言葉だが、前年の(いかにも型にはまらない)変ロ長調四重奏曲のこともおそらく念頭にあったものと考えて良いだろう。独創的な音楽は、聴けば聴くほど、幽玄な、また悠久の世界に拡がり、僕の中に襲い掛かってくる。終楽章モデラート—アレグレットのお道化たワルツの深み!

そして、1956年の弦楽四重奏曲第6番ト長調作品101。
一つ書き上げるたびに進化、深化する弦楽四重奏曲の妙。どこからどう切り取ってもショスタコーヴィチ節満載の作品で、特に第3楽章レントが見事で素晴らしい。このパッサカリアは、バッハの無伴奏チェロ組曲第5番のサラバンドの如くの音調を醸し、チェロによって奏される主題が変奏するたびに不思議な明るさを取り戻し、そこには生きる喜びが刻印されるよう。ベルリンスキーのチェロの慟哭、ドゥビンスキーのヴァイオリンの発する哀しみの同期が美しい。

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