トレンクナー&シュパイデル ブルックナー第3番(マーラー&クルシシャノフスキ編曲ピアノ連弾版)(1994.6録音)を聴いて思ふ

ブルックナーの初期交響曲の魅力。
交響曲第3番がまたひとつ近づいたように思った。
とても生き生きとした、無理のない、柔らかい音色。
ちょうど梅雨時に、小さな雨粒がしとしとと落ちる時のような湿度と潤い。
音はまったく乾いていない。強音は力強く、しかし派手ではなく、弱音は実に繊細で奥ゆかしい。時に激しく、また、時に優しく。何とも女性的な波動だと思ったら、女性デュオによる演奏。

アントン・ブルックナーを擁護したグスタフ・マーラーが第3楽章までを担当した2台ピアノ版。終楽章は、ルドルフ・クルシシャノフスキ(1859-1911)による。

間違いないのは、1877年12月16日におこなわれ、大失敗に終わったブルックナーの第三交響曲初演の場にマーラーが居合わせたことだ。そして彼は、聴衆の大半が演奏の途中で帰ってしまうという状況のなかで、最後まで拍手をおくり続け、失意の作曲者を慰めようとした支持者の一人であった。ウィーンの出版社「ベーゼンドルファー・ウント・レティヒ」の社長テオドール・レティヒは初演の失敗にもかかわらず、この交響曲を出版しようと申し出、同時にピアノ・スコアも作成されることになった。エプシュタインの監修のもとで、この交響曲のピアノ四手への編曲をおこなったのは、マーラーとクルシシャノフスキーだった。レティヒの回想によれば、シャルク兄弟ほかのブルックナーの弟子たちが初演後、例によって交響曲の手直しを勧めたのに対し、マーラーはこれ以上の改作は必要ないとの意見を述べて作曲者を喜ばせたとも伝えられている—実際にはブルックナーは12年後に改訂版(第3稿)を作っている。ブルックナーは感謝をこめて、マーラーにこの交響曲の自筆総譜を贈った。
村井翔著「作曲家◎人と作品シリーズ マーラー」(音楽之友社)P47

色彩豊かなピアノ・デュオの官能。
ブルックナーの音楽の素朴さを、しかし、その宇宙的規模感を破壊することなく、原曲に優るとも劣らぬピアノ音楽に編み直した力量にまたグスタフ・マーラーの天才を思う。

・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(マーラー&クルシシャノフスキ編曲ピアノ連弾版)
エヴェリンデ・トレンクナー(ピアノ)
ゾントラウト・シュパイデル(ピアノ)(1994.6録音)

第1楽章モデラート,コン・モートの瑞々しい響き。
やはり第2楽章アダージョが絶品。低音部は、まるで鼓動だ。そして、高音部の旋律の煌きに、野人アントン・ブルックナーの深層の自然愛と、この作曲家を天才と仰ぐ若きマーラーの尊崇の念を思う。
第3楽章スケルツォの勢いと壮絶な爆発力、トリオの弾けるリズムは、2人の呼吸がぴったりで何とも心地良い。さらに、クルシシャノフスキの編曲による終楽章は、この音楽のもつスペクタクルな側面を捉え切っており、実に前衛的(?)な響きが最高だ。コーダの轟音!!!

レティヒはジングフェラインのメンバーとしてオーケストラのたいていのプローベには居合わせており、ブルックナーのぎこちない指揮ぶりもつぶさに観察していた。しかし彼にとってこの作品自体はりっぱなものであり、「ここにはすべての時代の最も力強い音の英雄たちの一人が、そのような精神の持ち主たちにとって珍しいものではない、言ってみれば、予め備えられた茨の道をまさに歩み出そうとしているのだ、という確信を私のうちに呼び起こした。」
根岸一美著「作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー」(音楽之友社)P81

天才の近くにはそれを見抜く擁護者が必ずある。
必要なのは先見だ。

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