シュタルケル ジュリーニ指揮フィルハーモニア管 サン=サーンス協奏曲第1番ほか(1957.9録音)を聴いて思ふ

演奏家によって同じ作品でも音楽の与える印象は当然違う。
同時にプロデューサーの存在も、音楽の印象を見事に左右する。

ほぼ同時期に同じプロデューサーによって録音された2人のチェリストの演奏を聴いて思った。サン=サーンスのチェロ協奏曲イ短調作品33。
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチは雄弁であり、また、内燃する熱量が半端ない。血沸き肉躍ると言えば言い過ぎか。片やヤーノシュ・シュタルケル。何と先鋭的、ストイックな演奏であることか。これには伴奏する指揮者、オーケストラの影響もあろう。

音楽の興味深いところは、演奏者の内面が、魂の状態が確実に音に投影されるところ。
もちろん協演する奏者の影響もある。音楽は何て人間的なドラマなのだろう。
プロデューサーは、いずれもウォルター・レッグ。すべてがこの有名な、独裁的プロデューサーのコントロールの配下にあっただろうことは想像できる。何と直截的な響きなのだろう。これでこそ作品が活きる。60年以上も前の録音であるにも関わらず、どこか人工的で(?)生々しい。

・ハイドン:チェロ協奏曲第2番ニ長調Hob.VIIb:2(1958.5.29-30録音)
・シューマン:チェロ協奏曲イ短調作品129(1957.9.17録音)
・サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番イ短調作品33(デュラン版)(1957.9.16録音)
ヤーノシュ・シュタルケル(チェロ)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団

シュタルケルのチェロが発する波動は極めて深く繊細だ。
あらためてハイドンが優れた音楽の職人であったことを確認する。
モーツァルトにあったのは天衣無縫の自由の精神であり、ハイドンにあったのは良くも悪くも忠実な、否、誠実な職人精神だ。そして、その音楽に感応するシュタルケルのチェロは、どこまでも職人的。優雅な第1楽章アレグロ・モデラートが美しく、中でもシュタルケル自作のカデンツァが愛おしい。
そして、本来暗く、デモーニッシュな音調を湛えるシューマンの音楽が、これほど清らかに、まるで水の如くの音楽に化けるとは、シュタルケルの技(あるいはレッグの魔法)。
1991年のシュタルケルの、渡辺和氏とのインタビューが興味深い。

音楽は基本的には言葉です。ブラームスの言葉はバッハとは異なっていますし、シューマンともバルトークともマルティヌーとも違っている。私はそれらの言葉全てを学ばなければなりません。ひとたび言葉を知ったならば、プログラムにブラームスがあれば、座ってブラームスの言葉で演奏します。マルティヌーであれば、その言葉を用いる。ディレッタントは全て同じ言葉を用います。
(ヤーノシュ・シュタルケル)

プロフェッショナルは言語の微妙な違いを即座に理解して、再現できなければならないのだと彼は言う。

73億人いれば73億通りの感じ方や考え方があるということだ。
世界は言語で成り立つゆえ、すり合わせは本当に難しい。
しかし、言語を超え、感覚を使って触れたときにこそ真の共感が生まれるのではないか。

誰も今まで最高の水準に達したことはありません。進化の過程にあるのです。しかし誰でも、その人が生きている限り、高く高く達しようとしています。
(ヤーノシュ・シュタルケル)

常に進化、深化を目指せと。人生に卒業はない。

人気ブログランキング


6 COMMENTS

ナカタ ヒロコ

 このCDを聴いてみました。特にシューマンの協奏曲についてですが、デュ・プレの演奏で知っていた曲とはえらく違っています。特に2楽章は、デュプレの印象では、岡本さんのお言葉を借りると「暗く、デモーニッシュ」で、気が狂う一歩手前の美しさが漂っている気がしたのですが、シュタルケルの2楽章は、呑気で清廉潔白で落ち着いていて、最後の方は、近づく3楽章の不安に飲み込まれまいと抵抗している正気の感があります。チェロの音色もあっさりと透明な感じで、高音はバイオリンかと思うほど軽やかですね。
 ここで紹介されているシュタルケルの「音楽は基本的には言葉です」で、以前読んだ本の中でアンナー・ビルスマが「演奏は、歌ってはいけない。語らなければ。」と言っていたのを思い出しました。シュタルケルもビルスマと同じ考え方かな?と思いました。そう言われれば、心に訴える音楽は何かを語っている気がします。でも「ブラームスの言葉はバッハと違っている」というところは今一つよくわかりません。語る内容が違うというのなら、わかる気がするのですが・・・

返信する
岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

「言葉」=「言霊」、そして「音」=「音霊」ということなのだと思います。
ブラームスとバッハに限らず、人間というもの、同じ言葉でも100人いれば100通りの解釈があります。
西洋音楽においては同じ記号を使っていても、扱い方とそこに入る魂(霊)が異なるので、自ずと言葉は違ってきます。シュタルケルが言うのはそういうことだと僕は思います。

返信する
ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様
  ありがとうございました。お言葉かみしめてみます。

返信する
ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様
 こんなところですみません。
「引き続き」不滅の恋人問題について持ち出してもよい、と言ってくださったと決めて、また書かせていただいています。
 青木やよい氏とメイナード・ソロモンが突き止めた恋人候補、K(カールスバ―ド)に唯一滞在していたアントーニエ・ブレンターノで決定と信じていたのですが、なんと昨年John E Klapprothなる人が書いた「不滅の恋人百科」なる本が出版されました。百科といいながら、恋人はヨゼフィーネ・ダイム夫人と断定していて、その根拠として、①1800年代始めにヨゼフィーネに宛てた数通の恋文の中に、「不滅の恋人への手紙」と同様の記述が散在する。(例えば、近くて遠い、天使よ、永遠にあなたの、僕のすべて、等)②1812年6月にヨゼフィーネがプラハに行く意向を日記に書いており、7月3日に「予期せぬ人に出会った」とベートーヴェンが他の人とあう約束を反故にしたのは、ヨゼフィーネと会ったからである。ダイム伯爵邸もベートーヴェンのプラハの宿の近くである。③1812年ごろ、ヨゼフィーネは夫シュタッケルベルクと離別し、子供の親権も奪われ、どん底にあった。「あなたは苦しんでいる。」という手紙の文に合致している。④1805年、ベートーヴェンはワルトシュタインソナタの一楽章として作曲した「アンダンテ・ファヴォリWoO57」をヨゼフィーネへの手紙の中で「あなたのアンダンテ」と言って捧げているが、その中のメロディーはその後のベートーヴェンの作品の中に幾度も出てくる。⑤ヨゼフィーネの娘ミノナの出生に関しては、夫と別居中であったため、父親はベートーヴェンしか考えられない。⑥アントーニエ・フランツ夫妻には気兼ねなく借金をしている恩人であり、テプリッツのすぐあとに、カールスバ―ドとフランツェンバードで同じ宿で何日も一緒に過ごしているので、青木やソロモンの説は到底真面目に取り上げることはできない。
 私は猛反発しました。が「アンダンテ・ファヴォリ」は知らなかったので、リヒテルの弾いているものを聴いてみました。終わりかな、と思ったらちょっと新しい展開が続いたりして、なかなか終わらない、その最後に表れるコーダのような旋律に聞き覚えがあるな、と思って考えてみたら、「遥かなる恋人に寄す」の中で聴いたのでした。ヨゼフィーネ説には傾きませんが、少し動揺しました。
 ちょっと別のことですが、私はヨゼフィーネが好きになれません。心も身体も一つになりたいと望むベートーヴェンに対して、「私が愛しているのはあなたの魂です。あなたがもう少し官能的な要求を控えてくださったら、もっと心地よくあなたと一緒にいられるのに。私たちの関係はもっと高貴なもので、そのような関係でしか私の気高い魂は絶えられないのです。」などと言って退けておきながら、子供の家庭教師の求愛には抵抗しきれずすぐに屈しては精神的な変調をきたして悲劇となり、姉のテレーゼに泣きついて同情を買う、ミノナあとにも、子供の家庭教師のカリスマ的魅力の虜となり、エミリーという女児を生んでいるヨゼフィーネ。そんな人がベートーヴェンのあの手紙の受取り人と考えられるでしょうか。(男の人の意見はちがうかもしれません)
 決定的な、JがKにいなかった問題については、これから読む内容の中で明らかにされていると思います。またご報告したいと思います。
 長々とすみませんでした。

返信する
岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

いやはや、すばらしいです。ナカタ様の執念に脱帽です。
未読なのですが、最近では「ベートーヴェン捏造」なるシントラーを主人公とした論を展開する書籍も出ていますよね。ベートーヴェン好きには堪らない、好奇心を煽るものだと思います。「不滅の恋人」問題然り、それだけベートーヴェンは研究の対象でありながら、やはり決定的な証拠というか、何かが欠けて最終結論に至れない唯一無二の音楽家なのだと思います。
あらたなる報告お待ちします。
ありがとうございます。

返信する
ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様

 好意的に受け止めてくださり、ありがとうございます。あれだけ熱のこもった、縷々内面を綴った恋文が誰に宛てられたものかわからないとは、本当に不思議なことですね。相手が人妻であることや、身分の差があることで、周到に名前が隠されたからでしょうか。それにしても、ヨゼフィーネへの手紙には「親愛なるJ」とイニシャルが書かれているのに、「不滅」の手紙にはない、というのは変ではないでしょうか。またまた長くなりそうなので、ストップです。
 本の読み進めを励ましてくださり、ありがとうございます。この本は翻訳本が見つからず辞書と首っ引きのため解読が遅々として進みせんが、がんばります!
「ベートーヴェン捏造」も仕入れたので、できるだけ早く読みたいと思っています。ありがとうございました。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください