シェリング ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ほか(1976.6録音)

ウィーン初演は、聴衆のすさまじい野次に迎えられ、「批評家十人のうちわずか二人が好意的」(モデスト)だった。そしてハンスリックがウィーンの新聞《新自由プレス》(1881年12月24日)で酷評。「たしかに並の才能ではない・・・手あたりしだいに悪趣味なものを創る才能・・・チャイコフスキーの音楽は、独創性と粗野と、アイディアと繊細さのめずらしいまぜもの」と述べ、協奏曲の終楽章に「安酒の匂い」を感じる。さらにドイツの美学者F.T.フィッシャーは猥褻画に「悪臭を見る」と言ったが、彼のヴァイオリン協奏曲は「悪臭をはなつ音楽作品があると考えさせた」と。
伊藤恵子「作曲家◎人と作品シリーズ チャイコフスキー」(音楽之友社)P109

ハンスリックの、ほとんどロシア民族への差別ともいえる批評に愕然とする。おそらく聴衆も含め音楽など聴いていないのである。チャイコフスキーの名作の多くが同じような憂き目にあっていることが興味深い。ピアノ協奏曲第1番も初演時は散々たるものだったといわれる。しかし、時を経るにつれ、彼の作品は大衆に好まれるようになった。21世紀の今になっても忘れられることのない傑作たちが目白押し。それは、(森田稔氏が書くように)彼の作品が単に外面的な美しさに終始するものでなく、音楽の深いところに根差すものだからだろう。

ヘンリク・シェリングの弾くヴァイオリン協奏曲も、実に美しい名演奏だ。

・チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1976.6録音)

シェリングの演奏に惹かれるのは、そこに音楽への絶対的共鳴があるからだ。音楽作品に限ったことではない。彼は、他の演奏家とのヴァイブレーションすら感じていたというのだからすごい。まさに魂から音楽を奏し、全世界の民とそれらを共有していたのだ。

1988年3月3日にドイツのカッセルで休止する1年ちょっと前、シェリングは『フランクフルト一般新聞』に次のように語った。「ほとんどの場合、私が使うのは2丁の現代ヴァイオリンのうちのどちらかです」。多数の楽器を他人に譲っていることについて尋ねられると、「そのことをものすごく利他的な、愛他的な行為と思う人がたくさんいますが、私は、その中には逆に自己愛的な要素も含まれていると思っています。私の感覚としては、かつては物理的に私が所有していたヴァイオリンを弾く人たちと、私自身との間に、同時に、ある種のヴァイブレーションが起こるように感じるのです。所有するというのは単に物理的なものではないのです」。
(タリー・ポッター)
HENRYK SZERYNG Complete Philips, Mercury and Deutsche Grammophon Recordings ライナーノーツ

一方のメンデルスゾーンも、哀愁帯びる名旋律がシェリングの弓によっていとも容易く、しかし情熱的に紡がれる。一切の衒いなく、音楽そのものに真摯に向き合うであろう姿に僕は感動する。

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