ワルター指揮ウィーン・フィル ブラームス第1番(1937.5録音)ほかを聴いて思ふ

極めて個人的な手記こそが歴史を知るのに最も適した材料なのだと思う。
ブルーノ・ワルターの回想録には、迫真の、当時の社会状況が詳細に描写されており、実に興味深い。ナチスによる併合前の、頻発するテロの恐怖に立ち向かおうとするワルターの勇気と、それ以上にかけがえのない音楽作品に対する愛情が切々と伝わる言葉の隅々には、彼の指揮する音楽の内側に必ず感じられる温かさと同等のものがある。

このあいだに、ふたりの貴重な人間が死の手に奪われた。彼らとの死別以来、私には世界がまえより暗くなったように思われた。オシプ・ガブリロヴィッチが1936年にデトロイトでおそろしい病気のために死に、ウィーンではニーナ・シュピーグラーが長年の病いに屈したのである。増大するヨーロッパの災いもまもなく日々の体験になった。オーストリアでは国家に敵意を抱くナチズムがますます遠慮なく頭をもたげ、ドイツから威嚇のひびきが伝わって来た。イタリアはイギリスによる《制裁》の結果、エチオピア侵攻のあいだドイツに接近していたから、ヒトラーのオーストリア政策に対抗するための援護をムッソリーニから期待することはもはやできなかった。ある晩、「トリスタンとイゾルデ」を上演中の劇場に悪臭ガス爆弾が投げこまれた。個人めあてのものではなかった。というのも、これと同時に、つまり8時半に、ウィーンのすべての劇場とかなりの数の映画館に悪臭ガス爆弾が投げこまれたのである。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏—ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P426-427

ちょうど同じ頃にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とともに録音した数々の名演奏。哀切と慟哭の音調がある一方、そもそも音楽をすることの愉悦に溢れる数多の作品に僕は歓喜を覚える。

ブラームス:
・交響曲第1番ハ短調作品68(1937.5.3-5録音)
・大学祝典序曲作品80(1937.10.18録音)
ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

あらえびすを引く。

「第一交響曲=ハ短調(作品六八)」は人によっては最も面白いシンフォニーだと言うだろう。ベートーヴェンの第十シンフォニーに当ると言われた曲だ。レコードはワインガルトナー、ワルター、ストコフスキー、等がそれぞれ指揮して入れて居るが、いずれもこの曲の雄大さと、一種の情熱には当らない。已むを得ずんばウィーン・フィルハーモニック管弦団を指揮した優麗なワルター指揮(コロムビア)を採るべきであろうか。
あらえびす「クラシック名盤楽聖物語」(河出書房新社)P225

残念ながらあらえびすも手放しの賞賛ではない。
雄渾というより、また激性というより、柔和な、そして母性が前面に押し出される交響曲第1番。第1楽章序奏ウン・ポコ・ソステヌートから意志は強い。しかし、この録音で涙を誘うのは、おそらく今のウィーン・フィルにはないであろう主部アレグロでの、音程のゆらぎとでもいうのか、何とも土着の、愛らしさと哀感満ちるフレーズたち。続く、第2楽章アンダンテ・ソステヌートも、高弦の憂いの旋律を支える重厚な低弦の響きが肝。音楽が胸に迫る。何と言っても素晴らしいのは終楽章!序奏での、クララ・シューマンへの愛の告白たるホルンの主題の朗々たる響きに感心し、また、主部に入ってからの猛烈な推進力にワルターの気概を思うのである。

一方、その12年前の、シュターツカペレ・ベルリンとのチャイコフスキー「悲愴」。いわゆるワイマール共和政時代のドイツの、知的成果の一翼を担う音楽芸術の一端なのか、ワルター生涯唯一の「悲愴」は、アコースティック録音であるにもかかわらず、思った以上に鑑賞に耐え得る音質で、演奏もヒューマニスティックで素晴らしい。

そして、与える人たちの覚醒に、受けとる人たちの覚醒が答えた—文化生活に対する一般の情熱的集中が支配的となり、政治上あれほど動乱の時代であったにもかかわらず新聞が日ごと芸術に捧げていたあの広い紙面にも、それが現われていた。もちろん音楽上の出来ごともこれにおとらず、おおやけの関心の光に照らされていた。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮によるフィルハーモニー演奏会、フィルハーモニー管弦楽団による《ブルーノ・ワルター演奏会》、数多い合唱や室内楽や独奏のコンサート、クライバーの指揮のもとにアルバーン・ベルクの「ヴォツェック」とかレーオ・ヤナーチェクの「イェヌーファ」なども上演して重要な功績をあげた国立歌劇場、クレンペラー指揮のクロル歌劇場、その他の諸機関の業績が、言語劇舞台の業績とならんで光り輝いていた。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏—ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P359-360

何て豪華な時代!そしてまた、人間が生き生きとした、燃える時代!

・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」
ブルーノ・ワルター指揮シュターツカペレ・ベルリン(1925録音)

常に右に置く音盤にはなり得ないが、少なくとも第1楽章は一聴の価値あるものだろう。
ちなみに、同時期、ワルターがトーマス・マンに宛てた手紙には次のようにある。

「魔の山」を読了しまして、あなたになにかを言わねばならぬ気がします—しかし何を言ってよいか、分からないのです! 私の信ずるところでは、もっとも美しく、きわめて深遠な今度のご創作で、すばらしい一時を過ごしました。この作品には—これは「とりわけ私の気づいた」ことですが—名人芸の最高の成熟と—青春―があります、およそ詩人が若くありうるかぎり若々しく、しかも善意に満ちた無類の叡智をあわせもつ作です。このような飲み物を何年も味わったことがないのです!
(1925年7月22日付、バートガスタインのヴィラ・ヴァスィングよりトーマス・マン宛)
ロッテ・ワルター・リント編/土田修代訳「ブルーノ・ワルターの手紙」(白水社)P211

ブルーノ・ワルターの録音も同じく「善意に満ちた無類の叡智をあわせもつ作」。

1833年5月7日、ヨハネス・ブラームス、ハンブルクに生まれる。
また、1840年5月7日、ピョートル・チャイコフスキー、ヴォトキンスクに誕生。
5月7日はお目出度い日だ。

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