ルボツキー ブリテン指揮イギリス室内管 ヴァイオリン協奏曲(1970.7録音)ほかを聴いて思ふ

初演のとき、聴衆には大好評だったが、専門家はこぞって評価しなかったという。

いずれベンジーがもっと成長したら、この作品が無意味だということがわかるだろう。真の音楽家なら誰でもそう考えるにちがいない。
(マージョリー・ファス)
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P62-63

果たしてそれほどの愚作だろうか。
僕にはそうとは思えない。第1楽章トッカータ冒頭、派手なリズムに乗り、ピアノが煌びやかで速いパッセージを奏でるその瞬間から虜になる音楽だ。そして、不思議な退廃感を持つ第2楽章ワルツのショスタコーヴィチに優るとも劣らない音楽美。また、第3楽章即興曲の鷹揚な管弦楽の伴奏に対し、お道化た表情を見せるピアノの音色にブリテンの天才を思う。終楽章は、ロシアの憂愁ならぬイングランドの哀惜を表わす「死の行進曲」。

安定の自作自演。ベンジャミン・ブリテンの音楽作りの骨格は、女性的な包容力にあろう。特に、協奏曲の指揮においては独奏者を自由に振舞わせるも、それはあくまで自身の掌中に収めながらのものである点が何より見事。それが自作であればなおさらだ。
スヴャトスラフ・リヒテルを独奏者に据えたピアノ協奏曲の柔らかい音、繊細な音、しかし、時に峻厳な音。音楽はどの瞬間も有機的に絡み、ブリテン独自の世界を創造する。ここに感じられるのは、ブリテンの男性性。何と雄渾か。

ブリテン:
・ピアノ協奏曲作品13(1970.12.6録音)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
・ヴァイオリン協奏曲作品15(1970.7.28-29録音)
マルク・ルボツキー(ヴァイオリン)
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団

今のところ、疑問の余地なくぼくの最高傑作だ。あいにく割と重いけれど、覚えやすいメロディもある!
(出版社ラルク・ホークス宛)
~同上書P70

マルク・ルボツキーの抑圧された熱が放射される。
第1楽章モデラート・コン・モートの慟哭。音はうねり、楽器は蠢く。また、第2楽章ヴィヴァーチェの先鋭的なリズムと、激しくうなる管弦楽の伴奏に相対するヴァイオリン独奏の壮絶な歌。終楽章パッサカリアは、ブラームスの交響曲第4番終楽章が影響を及ぼしていると指摘されるが、金管の咆哮といい、弦のうねりといい、これほど魂を掻き立てる音楽はなかなかないだろう。まさにブリテンの「最高傑作」というお墨付き。
ちなみに、ヴァイオリンのヒステリックな音は、内なる怒り。それはまるでブリテンの女性性の証とでも言わんばかりに。ある意味包容力の裏返しともとれるが、2つの協奏曲がほぼ同時期に、しかもその時期が第二次世界大戦の最中であることが、音楽の意味深さを一層助長する。

ピアノ協奏曲に秘められたるブリテンの男の側面、同時に、ヴァイオリン協奏曲に刷り込まれたブリテンの女の側面。両者は双生児だ。否、それは、ドクター・ヘルが古代ミケーネ人の夫婦のミイラを組み合わせてサイボーグ化したあしゅら男爵の如し。いずれも名曲の名演奏。

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