上岡敏之指揮新日本フィル ジェイド第605回定期演奏会

もうこれで死んでも良いと思わせる煽動こそがリヒャルト・ワーグナーの狂気なのだと思う。歌劇「タンホイザー」序曲。冒頭、管楽器合奏による厳かな「巡礼の合唱」から上岡敏之の紡ぐ音に痺れてしまった。

音楽は朗々と、そして神聖に、また心地良く流れてゆく。あの懐かしさはただものではない。爆発しそうで爆発しない、見事にコントロールされた音響に僕は惚れ惚れした。「バッカナール」までは。残念ながら「バッカナール」は僕にはうるさく感じられた。恣意的な取ってつけたような不自然さが拭えなかったのである。
しかし、続く楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死には降参だ。大編成であるにもかかわらず、極めて室内楽的な響きを醸した新日本フィルの各奏者の力量とアンサンブルの絶妙さ。抑えているわけではないと思うのだが、無暗矢鱈に大袈裟にならない自然体の官能。これぞ上岡敏之の真骨頂。一つ一つの音が、そしてフレーズが途切れることなく、引いては寄せ、寄せては引く音の波。感動的なデュナーミクと言葉にならないアゴーギク。何という音楽をワーグナーは創造したのだろう。そして、何と素晴らしい再生を上岡と新日本フィルは成し遂げたのだろう。前奏曲最後の低弦の微弱音に震えた。感動した。手放しで賞讃するしかない。

新日本フィルハーモニー交響楽団
ジェイド〈サントリーホール・シリーズ〉第605回定期演奏会
2019年5月10日(金)19時開演
サントリーホール
豊嶋泰嗣(コンサートマスター)
上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
ワーグナー:
・歌劇「タンホイザー」序曲とバッカナール(パリ版)
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲とイゾルデの愛の死
休憩
・楽劇「神々の黄昏」
—第1幕「ジークフリートのラインへの旅」
—第3幕「ジークフリートの死と葬送行進曲」
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕前奏曲と第3幕フィナーレ

休憩を挟んで後半は、ワーグナー畢生の大作「黄昏」抜粋と「パルジファル」抜粋。
残念ながら集中力が途切れたように感じられたのは「神々の黄昏」からの2曲。指揮者の思い通りに音が鳴っていないようなちぐはぐさとでも言うのか、時にその音響は喧しく思われた。ワーグナーの表現は難しい。力を入れれば入れるほど音楽は自然さを失う。それこそ脱力で奏さねばならぬものを、焦りがあることで一気に音響が崩壊するのである。
しかし、「パルジファル」からの前奏曲と終幕フィナーレはとても素晴らしかった。何と呼吸の深い、そして絶妙な深々とした「間(ま)」の第1幕前奏曲であったことよ。ドレスデン・アーメンの旋律の神々しさ。文字通り「神聖な」儀式の如くの音楽に僕はため息が出た。そして、一呼吸置いて奏された第3幕フィナーレの歓び!
一羽の白い鳩が舞い降りる最終シーンのあまりの美しさ!

いと高き救済の奇蹟よ
救済者に救済を!

もはや拍手は不要だと思ったが、長い沈黙の後、拍手喝采。
いつまでも尾を引く感動。これぞワーグナーの狂気である。

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