アルバン・ベルク四重奏団 モーツァルトK.499&K.575(1988.4録音)を聴いて思ふ

小ジーグト長調K.574。アントン・ヴェーベルンも真っ青の革新的小宇宙。
天才モーツァルトが晩年に作曲したわずか38小節のピアノ小品は、ベルリン旅行の最中、立ち寄ったライプツィヒで書き留められたものだという。不協和音を伴った、この小さな音楽には、未来を予見する凝縮されたエネルギーに満ちる。1789年5月16日のこと。

バッハやヘンデルの方法を吸収し、あっという間に自らの方法として昇華する能力の為せる業。ピアノを弾くリリー・クラウスもこの作品には相当感化されているのではなかろうか、音楽の持つ精神性がこれほどに自由に、また温かく躍動する様はあまり聴いたことがない。
天才だ。

モオツァルトは、歩き方の達人であった。現代の芸術家には、ほとんど信じられないくらいの達人であった。これは、彼の天賦と結んだ深刻な音楽的教養の贈物だったのであるが、彼の教養とは、また、現代人にははなはだ理解し難い意味を持っていた。それは、ほとんど筋肉の訓練と同じような精神上の訓練に他ならなかった。ある他人の音楽の手法を理解するとは、その手法を、実際の制作の上で模倣してみるという一行為を意味した。彼は、当代のあらゆる音楽的手法を知り尽くした、とは言わぬ。手紙の中で言っているように、今はもうどんな音楽でもまねできる、と豪語する。彼は、作曲上でも訓練と模倣とを教養の根幹とする演奏家であったと言える。
小林秀雄「モオツァルト」(角川文庫)P53-54

小林秀雄はモーツァルトが「歩き方の達人であった」と言った。
それは、そもそも音楽家としての術に長けていたということはなく、もはや人としての在り方が確固としていたということでもある。彼は生涯何ひとつ変わらなかった。

モーツァルトの創造力の奔流。
確かにそれは経済的困窮から追い詰められたものであったのかもしれない。しかし、音楽にはそんな不安や不満、悲哀の一片も感じられない。弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575「プロシャ王第1」。1789年6月完成。いずれも冒頭にソット・ヴォーチェ(小声でささやくように)と記された第1楽章アレグレットの高貴さ、第2楽章アンダンテの優雅さ。あるいは、第3楽章メヌエットの歓び。終楽章アレグレットは、崇高だ。
アルバン・ベルク四重奏団の、構えない、脱力の表現が素晴らしい。

モーツァルト:
・弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499「ホフマイスター」
・弦楽四重奏曲第21番ニ長調K.575「プロシャ王第1」
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)(1988.4録音)

弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499「ホフマイスター」。1786年8月19日完成。
特に、第3楽章アダージョの深遠な音楽に僕は心が動く。そこには演奏者の、アルバン・ベルク四重奏団の、互いへの信頼のもとに築かれたアンサンブルの妙味が刻印される。そう、ウィーンで名を成したモーツァルトの自信と慈悲だ。そして、やはり終楽章アレグロが素晴らしい。前3つの楽章の総括と言える、自由奔放な外へのエネルギー。神だ。

彼の音楽の大建築が、自然のどのような眼に見えぬ層の上に、人間のどのような奥底の上に建てられているのか、あるいは、両者の間にどのような親和があったのか、そんなことが僕にわかろうはずはない。だが、彼がしばしば口にする「神」とは、彼にはたいへんやさしいわかりきったあるものだったに相違ない、と僕は信ずる。彼には、教義も信条も、いや、信仰さえも要らなかったかもしれない。彼の聖歌は、不思議な力で僕うなずかせる。それは、彼が登りつめたシナイの山の頂ではない。それはバッハがやったことだ。モオツァルトという憐れな男が、紛うことない天上の歌に酔い、気を失って仆れるのである。しかも、なんという確かさだ、この気を失った男の音楽は。
~同上書P56

音楽の専門家でなかった小林秀雄の、ましてやモーツァルトの音楽の多くを今だ享受し切れなかったあの時代に、彼の「モーツァルト」観はどれほど的を射ていることか。

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