ロシアの祭典~スクリャービンとムソルグスキー

真に優美なひと時であった。
それは、およそリサイタル向きでないデッドな音響の会場のせいもあるかもしれないが、スクリャービンやムソルグスキーの音楽の真髄、そう、虚飾を排したありのままの土俗的な姿が現れるようで現れない、不思議な音響を体験する時間だった。容姿端麗で華奢なピアニストの、どこからこういう強靭なエネルギーが生み出されるのか、最初は少しばかし戸惑った。しかしながら、この上品で洒落た表現の中にこそ若きスクリャービンやムソルグスキーの真意があるのだと知ったときに一切が腑に落ちた。

そういえばスクリャービンはショパンを手本にした。田舎町ワルシャワからパリに出たショパンが感じたであろうコンプレックスと志と。僕はスクリャービンの生涯については残念ながら詳しくない。詳しくないけれど、その音楽についてはホロヴィッツの名演奏やポゴレリッチの実演などを聴いて親しんできた。その下地をもとに言えることがあるとするなら、あまりに粋なロシア音楽であるということ。前奏曲の嫋やかさ。練習曲の、本来ならデモーニッシュな様相を示すはずのフレーズが冒頭から妙に親しく囁きかける。ロマンティシズムの裏に潜む劣等感。当時のロシア人はいわゆる西欧に追いつけ追い越せという意気込みを感じていたのか。とはいえ、後年の神秘主義とやらに傾く以前のスクリャービンが僕は好きだ。良いものを聴かせていただいた(エチュードは予想に反してノスタルジックだった。僕はもっと暗くエンスージアスティックなそれを期待していたのだけれど)。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012
「熱狂の日」音楽祭2012”Le Sacre Russe”
2012年5月3日(木)16:30~17:15 東京国際フォーラム G409 ゴーリキー
スクリャービン:
・4つの前奏曲作品22
・練習曲嬰へ短調作品8-2
・練習曲変イ長調作品8-8
・練習曲変ロ短調作品8-11
・練習曲嬰ニ短調作品8-12「悲愴」
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
クレール・デゼール(ピアノ)

後半のムソルグスキーは絶品だった。音の一粒一粒がリアルに再現され、音楽は丁寧に奏されてゆく。各曲の間の取り方も絶妙。果たしてムソルグスキーはもっとロシア的でなかったのか。あまりに洗練された音の風景に、一度はかっこ良すぎると拒絶反応を示しながらのめり込んでゆく僕自身を顧みた。「ビドロ」の最初の一撃は月並みな言い方だけれど衝撃的。しかし何より驚いたのが、スコアの指定は定かでないけれど、終曲「キエフの大門」の冒頭の撫でるように奏されたぞくぞくするようなmpの音。いや待て、ここはfでなかったか・・・。そんな思いを余所に音楽は前に進む。やっぱり「展覧会」は名曲だ。そして、ムソルグスキーは天才だ。
当時のロシア人たちは誰しもフランス・パリに憧れたのだろう。
この作り物的なロシアン・テイストが殊の外身に沁みる。

実は今回のチケット、急遽所用で行けなくなったというW氏から頂いたもの。
普通なら聴き逃しているリサイタルだったが、良いものを経験させていただいた。
ありがとうございます。素晴らしかったです。
さて、明日もまた国際フォーラム。いよいよ庄司紗矢香のショスタコーヴィチと出逢う。そはいかに?!

6 COMMENTS

雅之

こんばんは。

「熱狂の日」三昧、いいですねぇ。
明日は、庄司紗矢香のショスタコーヴィチとのこと、これまた羨ましい限りです。

私の、今回連休のロシア体験といえば、「未完成作品フェチ病」が高じて、ついに「カラマーゾフの兄弟」
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F1-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E5%8F%A4%E5%85%B8%E6%96%B0%E8%A8%B3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/4334751067
を再読し始めたことと、
明日、南山大学管弦楽団の定演
http://www.ic.nanzan-u.ac.jp/GAKUSEI/kagai/club/oche/concert.html
で、チャイコフスキー/交響曲第2番「小ロシア」の実演を、生まれて初めて聴くことぐらいです(とっても地味な体験)。

※そのチャイコフスキー:交響曲第2番や、ムソルグスキー作曲アシュケナージ編曲オケ版「展覧会の絵」(これがラヴェル編曲版にも増して超ド派手)は、20年以上前、井上道義先生が、「最も嫌いな曲」とおっしゃっていました。
今でもそのお考えに変わりはないのでしょうかね(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
久しぶりの「ラ・フォル・ジュルネ」、いいです。
定員5000人超のホールA以外はどこもほぼ完売なのですが、会場周辺は意外に淡々とした雰囲気なんですよね。何だかお祭騒ぎではないというのがクラシック音楽イベントの特徴なんですかね・・・。面白いものです。

>「未完成作品フェチ病」が高じて、ついに「カラマーゾフの兄弟」

ドストエフスキーの最高傑作ですよね。僕も数年前に久しぶりに読んで、ようやく理解できる年になったんだと思ったものです(ただし、新潮文庫なので亀山氏の新訳ではありません)。
ところで、「カラマーゾフ」は未完成作品ではなかったかと思うのですが・・・。

あと、南山大学のオケ、過去の演奏会などを見てみるとレベル高そうですね。興味深いです。チャイコフスキーの最初の3つの交響曲の実演は僕も未体験です。いいですねぇ。それと、「展覧会」のアシュケナージ版というのは存在は知っていても聴いたことがないんです。道義氏が嫌いってどんななんでしょう?(笑)

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雅之

「カラマーゾフ」や「罪と罰」は、私も旧訳で親しんできましたので、亀山氏のライトな新訳にはかなり違和感がありますし、誤訳批判があることも承知しています。でも、亀山新訳は電車の中でも疲れず気楽に読めるのがいいんですよね(ベートーヴェンの交響曲をフルトヴェングラーやクレンペラーではなく、アバドで聴く感じかな・・・笑)。

>「カラマーゾフ」は未完成作品ではなかったかと思うのですが・・・。

基本的な共通認識としては、

・・・・・・作者自身による前書きにもあるとおり、当初の構想ではこの小説はそれぞれ独立したものとしても読める二部によって構成されるものであったが、作者の死によって第二部(第一部の13年後の物語)は書かれることなく中絶した。ただし、小林秀雄は「およそ続編というようなものがまったく考えられぬほど完璧な作品」と評している。

続編に関しては、創作ノートなどの資料がほとんど残っておらず、友人知人に宛てた手紙に物語のわずかな断片が記されているのみである。ドストエフスキー本人は続編執筆への意欲を手紙に書き表していたが、その3日後に病に倒れた。残された知人宛への手紙では、「リーザとの愛に疲れたアリョーシャがテロリストとなり、テロ事件の嫌疑をかけられて絞首台へのぼる」というようなあらすじが記されてあったらしいが、異説も出されている。この説を裏付ける要素として、ドストエフスキーが序文で、アリョーシャを本編から受ける印象とは全く異なる「奇人とも呼べる変わり者の活動家」と評していることが挙げられる。この評は1866年に起き、「ヴ・ナロード運動」の先駆となった皇帝暗殺未遂事件の犯人ドミトリイ・カラコーゾフ」に一致する。エピグラフで用いられている福音書の「一粒の麦」の喩えはカラコーゾフがロシア革命運動で果たした役割を暗示するとも読める。シベリア抑留による「改心」によってドストエフスキーに長く貼られて来た「反動的作家」という一方的なレッテルは、この点において一考察の余地があるかも知れない。革命家ピョートル・クロポトキンは拷問を受けた体で絞首台に上ろうとするカラコーゾフの凄惨な姿を、現場に居合わせた知人からの伝聞として回想録の中で強い印象をもって記している。いずれにせよ、続編の真相は闇の中である。・・・・・・(ウィキペディアより)

ということになり、確かに第一部は完成しており、漱石の「明暗」のように唐突に終わってしまうことはないのですが、作者の頭の中ではお話は続く予定だったはずであり、未完成作品のひとつとしてとらえることは充分可能です。

亀山氏も興味深い本を出しておられ、一読しましたが、面白いです。

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8E%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F%E3%80%8F%E7%B6%9A%E7%B7%A8%E3%82%92%E7%A9%BA%E6%83%B3%E3%81%99%E3%82%8B-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%BA%80%E5%B1%B1-%E9%83%81%E5%A4%AB/dp/4334034209/ref=sr_1_15?s=books&ie=UTF8&qid=1336079561&sr=1-15

ところで、先日から漱石の「明暗」に絡めたコメントが多くご迷惑をおかけしておりますが、これには理由があります。
それは、コメントでも少し触れましたが、水村 美苗さんの「続 明暗」を約20年ぶりにちくま文庫版
http://www.amazon.co.jp/%E7%B6%9A-%E6%98%8E%E6%9A%97-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B0%B4%E6%9D%91-%E7%BE%8E%E8%8B%97/dp/4480426094/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1336081358&sr=1-2
で再読し、そのあまりの出来栄えに舌を巻いたからです。

モツレク、シューベルト「未完成」、ブルックナー:第9交響曲、マーラー:第10、エルガー:第3、バルトーク:ヴィオラ協奏曲等、別人による補筆完成版はいろいろ有り興味が尽きない重度の「未完成作品フェチ病」の私は、先日、「続 明暗」を「マーラー:10番のクック版に匹敵する」とコメントしましたが撤回します。

「続 明暗」は、クラシック音楽作品を含め、あらゆる未完成作品補筆完成版の中で飛び抜けた最高峰であり、彼女はこれ一作だけでも文学史に永久に名を残す仕事をしたと断言します。漱石が張り巡らせた数多くの伏線が、彼女の手によりパズルを解くように鮮やかに収斂していくさまは、真に見事の一語に尽きます。この完成度は尋常ではないどころか、まさに奇跡だと思いました。

苦労されて、時には煩雑さや理屈っぽさに辟易されながらも(笑)、漱石の最高傑作「明暗」を読破された暁には、女性らしい感性で加味、補強された、これまた最高傑作「続 明暗」をぜひ!!

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
あー、確かにそうでした。すっかりそのことを失念しておりました。失礼しました。
しかし、亀山氏の新訳というのもそれはそれで面白そうですね。一読の価値ありそうです。ありがとうございます。
ご紹介の「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)」も面白そうです。これは読んでみます。

>水村 美苗さんの「続 明暗」
>この完成度は尋常ではないどころか、まさに奇跡だと思いました。
>女性らしい感性で加味、補強された、これまた最高傑作「続 明暗」をぜひ!!

以前ご紹介いただいたときからこれは絶対に読まねばと思っております。
今じっくりと久しぶりに「明暗」を読み返しているところです(あっちこっち読むべき本もありますのでなかなか一気に行かないところが歯痒いのですが・・・苦笑)。
感謝いたします。

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みどり

押し売りに参りました!(笑)
岡本さんのご趣味とは相容れないかもしれませんが…

フレッド・ハーシュでスクリャービン:練習曲作品8-2
http://www.youtube.com/watch?v=tBfomCIvzz0

今年のラ・フォル・ジュルネは「パリ、至福の時」なので
サティ:ジムノペディ1番
http://www.youtube.com/watch?v=RvLG-1pyizw

ドビュッシー:月の光
http://www.youtube.com/watch?v=wEMWZM3k_q0

あぁ…やっぱり来週、コットンクラブに行きたいです(笑)

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岡本 浩和

>みどり様
押し売りありがとうございます!!
いやぁ、驚きです。知りませんでした。特にスクリャービン!!
ドビュッシーやサティならまだ想像はできました。
しかし、スクリャービンとは!!
相容れないどころか「ツボ」です。
しかも、これらのアルバムは昔懐かしいエンジェル・レコードからリリースされてるんですね。
これは手に入れたいところです。
というか、フレッド・ハーシュ来日するんですね。何とか都合つけて僕も参戦しようかと考え中です。

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