チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル ワーグナー管弦楽曲集(1993.2Live)を聴いて思ふ

セルジュ・チェリビダッケの録音を聴くたび、その呼吸の深い、神秘的、重厚なる表現に隔靴掻痒の思いが募る。残念ながら僕は彼の実演に触れる機会を逸してしまった。実際にその演奏を聴いた人たちが声を一にしてそのすごさを語るのを聞くと、自分の先見の甘さというか、他人の評価に左右されていた当時の自分の未熟さに腹が立つくらい。

ラング まもなくフルトヴェングラーの生誕100年を迎えようとしています。この人とあなた方を今も結びつけているものは何ですか?
チェリビダッケ 全て。彼から私は音楽の最も深淵な洞察を得ました。一度彼に、博士、ここのテンポはどうあるべきですか、と尋ねたところ「それは、音がどのように響くかによるね」と答えたのです。それはまさに天啓でした。つまりメトロノームで計れるような、物理的なテンポは存在しないのです。響きが豊かで多様であればあるほど、それを統合するのに多くの時間が必要となるのです。
ラング フルトヴェングラーも最初はレコード制作に否定的でしたが、あとになって、まあ良いのではと・・・。
チェリビダッケ 彼はレコーディングに賛成したことは一度もなく、最後まで反対でした。しかし彼にはお金が要ったのです。それに彼の強力なライヴァルがすでに世界中にレコードを溢れさせていたので、彼は・・・。
ラング トスカニーニですか?
チェリビダッケ いや、トスカニーニはライヴァルじゃない。世間でそう言われていただけで、本当のライヴァルはカラヤンだったのです。フルトヴェングラーの方が少し誤解していたようです。彼はカラヤンを重要視しすぎていました。それにカラヤンをここまで大きくしたのは彼なのです。

クラウス・ラング著/齋藤純一郎/カールステン・井口俊子訳「チェリビダッケとフルトヴェングラー—戦後のベルリン・フィルをめぐる2人の葛藤」(音楽之友社)P331-332

音楽のテンポは、音がどう響くかに拠るのだというフルトヴェングラーの言葉がすべてだ。それゆえにフルトヴェングラーは実演にこだわった。そして、チェリビダッケは録音を、音盤を拒否した。たった今耳にするこのワーグナーも、たぶん「本当の」100分の1も伝えていないのだろうと思う。

ワーグナー:
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
・ジークフリート牧歌
・楽劇「神々の黄昏」第3幕「ジークフリートの葬送行進曲」
・歌劇「タンホイザー」序曲
セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(1993.2.3&4Live)

それでも「ジークフリート牧歌」は泣ける。
音楽の細部までが見通せる解釈のお陰で、ワーグナーが小さなオーケストラに託したコジマへの深々とした愛が手に取るようにわかるのだ。

ラング できることなら、作曲家自身の描いたイメージを・・・。
チェリビダッケ どうしてあなたにそれが分かるのですか?過去150年間、本当にそのことを理解した者は誰もいないというのに。ヴァーグナーの指揮では《ジークフリート牧歌》は30分の演奏時間がかかったが、ベルナルト・ハイティンクは12分。同じ曲なのに。あなたの言うこともおなじです。みんなそれぞれに伝えようとしているのです。ヴァーグナーも。ヴァーグナーの方がよく分かっていたと思うが。

~同上書P351

音楽の解釈は千差万別、その意味では、やはりすべてが正しいのである。
「ジークフリートの葬送行進曲」から噴出する死の魔力。

1864年3月、50歳のワーグナーは金もなく、名誉もなく、ミュンヘンのホテルで自嘲の墓誌銘を考へてゐた。それは、「ものにならなかつたワーグナー、こゝに眠る・・・」で、はじまる。約1ヶ月後、こんどはシュトゥットガルトで友人に語つたことばは、「ぼくはもうだめだ」であつた。これほど追ひつめられても、ワーグナーに精神異常の徴候は、見られない。競争相手の一人と目されるシューマンが、つひに狂気に屈したのとくらべると、対蹠的である。このやうにワーグナーは、狂気とは、より少ない関係しかもつてゐなかつたやうに、おもはれる。
伊藤嘉啓著「ワーグナーと狂気」(近代文藝社)P6-7

ワーグナーは基本的に虚言癖がありそうだ。墓誌銘も嘘、友人に語った言葉もおそらく本心ではない。この妄言こそが彼の創造力の源であり、数多の傑作の泉だったのだが、彼の創造物は他人を狂気に陥れた。ルートヴィヒ二世、ニーチェ、ボードレール、ヒトラー・・・。

それにしても(内声部までもが明瞭に聴きとれる)チェリビダッケの演奏は何と生命力に溢れるのだろう。巨大な「タンホイザー」序曲、そして、雄渾な「マイスタージンガー」第1幕前奏曲の類稀なる開放感(金管の朗々たる響きが素晴らしい)、同時に浮遊感(音の大波にさらわれるかのような錯覚)!最高だ。

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