
わたしは基本的なことだけを言いたい。なにも込み入ったことを述べるつもりはない—何でもそうだが、原点からすべては始まるべきである。しかしきわめて単純な事柄こそ重要な意味をもっていることを知っておいてほしい。
(パブロ・カザルス)
~デイヴィッド・ブルーム著/為本章子訳「カザルス」(音楽之友社)P4
真理はきわめてシンプルだ。
狂おしいばかりの愛の思念渦巻くロベルト・シューマン。
続けざまに演奏される3つの楽章は、暗い熱を帯びる瞬間あり、また憂鬱な瞑想を伴う時あり、さらには抑圧されたものが爆発する時あり。
フロレスタンとオイゼビウスと彼自身が名付けた、相反する二面性こそが、聴く者の魂を抉る。晩年の傑作チェロ協奏曲イ短調。
唸るパブロ・カザルスの渾身の演奏が一層の感動を呼ぶ。
この作品を愛し、弾いているとほんとうに幸福な時間が与えられる。(1851年10月11日)
~作曲家別名曲解説ライブラリー23「シューマン」(音楽之友社)P62
さらに、愛妻クララの日記にある「ロマン性、飛翔、清新さ、フモールがある」という言葉がこの作品のすべてを言い当てる。
名作「鳥の歌」が悲しく響く。
あるいは、「カニグーの聖マルタン祭」の懐かしさ。
私はかつて1回だけカザルスの演奏を聴いた。たしかにカザルスの演奏は忘れ難いと言われているが、ある意味ではそうであった。生涯私はあの野暮ったく、ずんぐりともいえる小柄な姿、国際的に名声を馳せた独奏者というよりは村のオルガニストを思わせる風貌を忘れないだろう。生涯、私はカザルスが自分の周囲にかもし出すあの雰囲気を忘れることはないだろう。
(アントニー・ホプキンズ)
~デイヴィッド・ブルーム著/為本章子訳「カザルス」(音楽之友社)P8
カザルスの生み出す音も、そしてその演奏姿さえも、人々に感動を与えるすべてだったのである。カザルスの頻出する唸り声すらももはや音楽の一部。